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<先生! 教育の場をたずねて> 愛知県・大府特別支援学校 山本純士教諭(62)

図画工作の授業で女児の話に耳を傾ける山本教諭=愛知県内の病院で

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 入院中の子どもたちに学習の機会を保障する「院内学級」。そうした「院内学級」もない病院に入院する子どもたちに、出前授業をする病院訪問教育の先生たちがいる。長年携わる山本純士教諭(62)の授業から、その仕事の魅力を探った。

 十二月中旬の愛知県内の病院。山本教諭は病室に静かに足を踏み入れ、「授業、できるかな?」と、ベッドに腰掛ける入院中の女児に声を掛けた。

 女児は小学六年生。前週の授業は手術と重なり、休み。山本教諭と会うのは二週間ぶりだった。

 愛知県は、病院訪問教育の先生を、大府特別支援学校(愛知県大府市)から派遣している。原則、週三日、各二時間。毎年七十人前後の小中学生がこの制度を使っている。病室や病棟の空いた部屋などが即席の教室になる。

 「じゃあ、始めようか」。山本教諭は、女児の気持ちをほぐす言葉を掛けた後、国語の勉強のこつを教え、残りの時間を図画工作に充てた。作品を作りながら、おしゃべりするとき、女児の表情が生き生きとする。退院前の最後の授業は、作品を完成させて、笑顔で終わりたいと考えた。

 「うん」とうなずいた女児は、葉っぱや花の形に切った色とりどりの小さな紙を、接着剤を使い、画用紙に貼った。花模様や手まりのような模様が、すっと立った木を囲む絵は、華やかでいて、どこか繊細だ。

 「マンツーマンで授業を受けるのは最初とても不安だったけど、山本先生がいろんな話をしてくれて、だんだん楽しくなった。入院中、つらいこともあったけど、図工の授業で大きな作品を作ったことが思い出になって、うれしかった」。退院後、女児は本紙の求めに応じ、書面で授業の感想を寄せてくれた。

 山本教諭は、大学生の頃、アルバイトの家庭教師で人を教える楽しさを知り、先生の仕事に興味を持った。三十年近く前、病院訪問教育の世界に入ったのは、子ども一人一人とじっくり向き合いたいという思いから。その前に担当していた院内学級では、一度に十四人を教えたこともあった。

 当時は、病院訪問教育が知られていない頃。担当の先生はわずか三人だった。山本教諭らはポスターやパンフレットを作り、訪問先の近隣の病院に立ち寄り、制度を知らせて回った。家庭教師のセールスと誤解されることもあったが、依頼は増えていった。担当の先生は今、十三人いる。

◆表情やしぐさから気持ちを推し量る

 訪問教育の授業は、子どもから拒否されることも珍しくない。入院という非日常の中で、多くの子は、精神的に不安定になる。治療で身体的につらくなり「勉強する気になれない」という子もいる。

 山本教諭は、話題を合わせ、時には手品も披露する。少し距離を置くことで、受け入れてくれる子もいる。「その子の気持ちに心を寄せることで、授業を受けることを納得してもらう。それが最初の仕事です」

かばんには教科書のほか、色紙を型抜きする道具などがいっぱい=愛知県大府市の大府特別支援学校で

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 いらだちや不安、焦り、疲れ…子どもたちの心にはいろいろな気持ちが混在する。自分では、それを言葉でなかなか表現できない。授業中は、表情やしぐさ、何げない言葉から、子どもたちの心を推し量り、それにふさわしい言葉掛けをする。時には理解できなかったと感じるときもある。「ああ、あの行動には、こんな意図が隠されていたんじゃないかと後から気付くこともありますよ」

 学校の三分の一に満たない授業時間で、伝える事を選び、授業計画を立てる。細かな言葉にも神経を使う。授業が終わり教室を出ると、ぐったりすることも多い。「楽しそうに授業を受けてくれたり、『次は何をするの?』と聞かれたりすると、教師としての仕事をしていると思う」と話す。

 山本教諭は訪問教育で二百人ぐらいの子どもと関わってきた。皆の待つ小学校に行けず、脳腫瘍で亡くなった一年生の女児は、最期まで授業を心待ちにしていた。

 生きる時間が限られた女児に文字を教え、計算問題を解かせた。一緒に歌い、絵を描き、絵本を読んだ。「あんな授業で良かったのか。他にすべきことがあったのでは」と悩みもした。そんな山本教諭に母親は「授業を受けることは、あの子にとって明日への希望でした」と声を掛けた。でも、「今も答えは見つかりません」。

 病室にある人形を使い、腹話術を交えて授業をしたこともあった。

 人形は、しばしば質問をした。山本教諭は答えず、小二の男児に「どう説明したらいいかな?」と聞いた。男児は、人形に理解してもらうため、言葉を選び懸命に説明した。人形が冗談を言うと、一緒にふざけたり、時には注意したり。人形はやがて「クラスメート」となっていった。

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 やがて、男児は勉強する姿勢を身に付けた。「子どもたちはそれぞれの個性に応じて、自分で育つ。教師は子どもたちが迷ったときに、近くで『僕はこう思うけど…』と言うことぐらいしかできないのかもしれない」

 山本教諭は、大きなかばんを二、三個抱えて病院に向かう。かばんは、教材や本、子どもたちを楽しませる道具でいっぱいだ。入院中に楽しく過ごし、勉強する日常を届けるため、“出前教師”は、駆け回る。

 (佐橋大)

◆教師とは… 導くのではなく、同行者のように

 教師といっても、30人以上のクラスを相手にする場合もあれば、病院訪問教育のように1対1で子どもと向き合う場合もある。一言では言えない。

 その前提で、訪問教育の教師とは、「教え導く人」というより、子どもの側に立つ人、「同行者のような存在」だと思います。

 子どもは、入院しているだけで頑張っている。「教えてやる」という態度では、受け入れてくれない。気持ちに寄り添い、勉強しようと思ったときにそばにいて、分からないことが分かるようになる楽しさを伝える人ではないでしょうか。

 <やまもと・じゅんじ> 1956年生まれ。名古屋市出身。81年、愛知県立一宮聾(ろう)学校に着任。病弱児対象の大府養護学校(現・大府特別支援学校)に84年から在籍し、主に、病院訪問教育を担当した。

 半田養護学校(現・半田特別支援学校)を経て、岡崎盲学校で定年。2016年、再任用で再び病院訪問教育の担当になった。

 小説家でもあり、病院訪問教育を描いた「15メートルの通学路」「授業の出前、いらんかね。」、児童書「プレイボール」(1)〜(3)などの著書がある。

 

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