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名古屋の私大、都心回帰で新時代 志願者増に手応え

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開放的な中庭が学生や近隣住民に人気の名城大ナゴヤドーム前キャンパス=名古屋市東区で

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 名古屋市で今春、郊外から市街地にキャンパスを移す私立大の「都心回帰」が一段落した。各大学は移転を機に、安定的な学生の確保と大学運営の効率化を進める考え。学生にはアクセスの良さと周辺の街を含めたキャンパスライフを提案し、少子化時代に選ばれる大学づくりを進めている。

 「入学の決め手はナゴヤドーム。この近さなら、講義の後にいつでも応援に行けますよ」。愛知県小牧市の男子学生(18)は、大の中日ドラゴンズファン。ドームまで徒歩約五分の環境にひかれ、名城大外国語学部を選んだ。

 名城大は昨年四月、開学九十周年の目玉事業として、地下鉄ナゴヤドーム前矢田駅から徒歩三分の倉庫跡地にナゴヤドーム前キャンパスを開設。今春、外国語、人間、都市情報の三学部体制で新たな船出を切った。パンフレットでドームや大型ショッピングモールへの近さに触れる。

 可児キャンパス(岐阜県可児市)から移転した都市情報学部は、今春の入学志願者数が平年の約三倍となる約二千人に急増。緑豊かな中庭では近くの親子連れが遊ぶ。野口光宣副学長(64)は「都心回帰の効果だ。大学の社会連携の拠点にしていきたい」と期待する。

 当初は名古屋市内を拠点にしていた郊外の私立大が、この十年間で続々と市内へ。背景にあるのが二〇〇二年の「工場等制限法」撤廃だ。都市部の工場や大学を郊外に分散させるため首都圏(一九五九年)や近畿圏(六四年)を対象に大規模建築を制限した法で、市内は対象に準じる地域に指定されていた。

 私立大は、収入の八割近くを入学金や授業料など学生からの納付金に頼っており、学生数の減少は経営難に直結する。十八歳人口が減少局面に突入する「二〇一八年問題」を見据え、大学は名古屋市内の「駅前」や「駅近」に新キャンパスを設けて、街の魅力を大学に取り込んでいる。

 愛知大が、愛知県みよし市にあった旧名古屋キャンパスの移転先に選んだのはJR名古屋駅から徒歩約十五分の再開発地区「ささしまライブ24地区」。大学発祥の地の同県豊橋市内や名古屋市内のキャンパスからも含め計五学部を移した。今春、高さ百メートルに及ぶビルの都市型キャンパスの整備を終えた。

 学生は周辺のビジネス街でアルバイトができ、就職活動の企業回りや首都圏への往復も楽に。ジャージー姿も見られた旧みよし時代に比べ洗練されたともいう。広報担当者は「いわば街全体がキャンパス。激動する名古屋の中心街で学生時代を過ごすことで社会性を学べる」と効果を語る。

 愛知学院大(愛知県日進市)は一四年、名古屋市北区の名城公園キャンパスで商、経営、経済の三学部を移して開設。地下鉄名城公園駅から徒歩わずか一分。今後、隣接する国有地を取得し、日進市にある法学部を移転させる。

 南山大(名古屋市昭和区)は四月に総合政策学部を瀬戸キャンパス(同県瀬戸市)から移転し全八学部を一カ所に集約。吉田竹也副学長(53)は「集約の効果は大きい」と強調。二カ所に分散していた保健センター機能を一つにして拡充、学生の共通教育科目も統合。学生や教職員の負担を軽減した。

◆立地争い一段落「質で勝負の段階に」

 2007年に名古屋市での「都心回帰第1号」として、文系3学部と本部を愛知県瀬戸市から移した名古屋学院大(名古屋市熱田区)。「名古屋学院といっても瀬戸市でしょ−と4年くらいは言われました」と西中利也事務局長(59)は振り返る。

 移転の理由は志願者の減少だ。1968年に名古屋市内から移った瀬戸キャンパスは、瀬戸市中心部からバスで30分かかる。これがあだとなり、2003年は過去最低の2000人を割った。名古屋への移転で緩やかに回復し今春は9000人超に。19年に瀬戸からリハビリテーション学部を名古屋キャンパスの新校舎に移す。

 文部科学省の学校基本統計(16年度)によると、愛知県の高卒者が県内に進学する割合は71%で全国1位。とはいえ、学生の絶対数は減少している。

 「立地だけの集客は終わった」と西中事務局長。「もう地理的なハンディの克服だけでは生き残れない。教育内容の質こそが求められる段階に来た」と話す。

 (美細津仁志)

 

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