トップ > 特集・連載 > 教育 > 記事一覧 > 記事

ここから本文

教育

<新聞とわたし> 貴重な「考える余白」

「事実の奥にあるものを考えながら記事を読む」と語る為末大さん=東京都渋谷区で

写真

◆スポーツコメンテーター 為末大さんに聞く

 あの人は、どう新聞と接してきたのだろう。子どものころはよく読んだのだろうか。各界で活躍する人々に尋ねてみた。今回は、日本の陸上短距離選手として初めて国際大会でメダルを獲得し、柔軟な思考で「走る哲学者」と呼ばれた為末大さん(38)。

 父が新聞広告を扱う会社に勤めていて、家にはいつも新聞がありました。賢い人が読む物というイメージ。内容は難しかったですが、小学校中学年ごろから調べ学習の情報源として活用していました。陸上をやっていたので、スポーツに関わる人が書かれた記事はよく見ていました。

 生まれ育った広島では毎年夏、原爆が落ちた八月六日に合わせて各紙が大きく特集記事を出します。祖母が被爆者なので、被爆者の顔写真が並んだ記事は特によく読みました。同じ被爆体験でもいろんな話があると知りました。

 戦争も原爆も身近な話題でしたが、常に反対一辺倒の「結論ありき」で、疑問をはさむ余地すらない空気感がありました。子どもながらに「何かおかしい」と思っていました。そんな時に、「原爆(の所有)が戦争を抑止する側面もある」という冷戦中の米国とソ連(当時)の記事を見て、反対・賛成よりどう結論を出すかのプロセスこそ大事で、考える余白があることは知的だと感じました。中学時代の作文で、人間は環境に影響される生き物だという趣旨で、「僕が米国に生まれたら原爆を落とさなかっただろうか。よくわからない」と書いたこともあります。

写真

 事実の奥にあるものを考えながら新聞を読むようになりました。ある時、民泊のルールづくりで「年間180日以上の営業は違法」という見出しが目に入りました。とっさに「既得権益を守るためか、何か問題が起きたから作るのかどちらだろうか」と頭に浮かびました。物事の裏側を読む力が磨かれたと思います。

 仕事柄、パソコンやスマートフォンでニュースを見ることも多いですが、「○○新聞提供」とあると安心します。時間とお金をかけて取材した情報は、二重三重以上のチェックを通り抜けて世に出ていることを感覚的に知っているからですよね。誰もが一度はネットのデマ情報をつかまされた経験があるはず。現代人がどんどん信ぴょう性に敏感になる中で、新聞への信頼感は健在だと思います。

 編集力もあり、限られた紙幅の中で、どの情報をどの程度の大きさで扱うかを記者たちが日々考えています。その結果、コアバリュー(核心)を盛り込んで全体像を分かりやすく要約した記事と見出しができ、何がどれほど重要なのか整理されています。

 人工知能の発達で、人間の仕事の多くがロボットに代わると言われています。でもクリエーティブ(創造的)なアイデアを出す行為は人間にしかできないはず。その人に蓄積されたさまざまな情報や体験が結び付くと考えます。すぐに役立つかは分からなくても、情報を持っていることは必要です。質の高い情報を幅広く仕入れることができる新聞を活用する余地はまだあるはずです。

 (那須政治)

 <ためすえ・だい> 1978年、広島市生まれ。陸上400メートル障害の日本記録保持者。2001年、05年の世界選手権銅メダリスト。五輪は00〜08年に3大会連続出場し、12年に引退。現在はタレントのマネジメントや子ども向け走り方教室運営などの会社社長を務めながら、途上国支援や義足の開発、評論活動などで活躍する。

 

この記事を印刷する

新聞購読のご案内

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山

Search | 検索