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クルマ革命

「ぶつからない」究極の夢

 これまで車の利便性に付きまとう代償と考えられてきた交通事故が、未来の社会では「ゼロ」に近づくかもしれない。自動運転が本格的に普及し、全ての車が他の車や道路インフラと通信する世の中になれば、車同士が衝突したり、暴走して歩道に乗り上げたりする心配がないからだ。ただ、そんな世界が実現するまでの過渡期には、技術への過信が、逆に事故を招いてしまう危険性もある。

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◆自動運転、切り札か

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 「自動運転車に信号機は必要なのだろうか」

 問い掛けの文章とともに流れるCG動画。十字路の交差点に四方向から進入する車が、ぶつかることも止まることもなく、隙間を縫って巧みに通過していく。

 インターネットにつながった都市の在り方を研究する米マサチューセッツ工科大の研究チームが実在する交差点をモデルに作り、ネットで公開している。

 交差点に近づいた車から信号を受けた交通管制のコンピューターが自動で各車両の速度を調節。すべての車が止まらず、かつ安全に通行できる仕組みだ。

 「百五十年前に馬車を対象に信号機が生まれて以来の大きな変化が起きる」

 昨年、東京都内で講演したチーム広報担当のダニエル・ベレリ氏は、渋滞がなくなり排ガスも減る利点を強調した。

 自動運転は、事故原因の九割を占める人為的ミスを防ぐため、普及すれば大幅に事故を減らせる可能性が高い。自動運転を構成する技術の中には、既に実用化が進んでいるものもある。衝突の可能性を検知して作動する「衝突被害軽減ブレーキ」だ。

 二〇〇〇年代初めから主に高級車で搭載が始まり、SUBARU(スバル)が一〇年に発売したブレーキ「アイサイト」改良版で普及に火が付いた。日本自動車工業会(自工会)によると、国内生産車の搭載率は一一年の1%から一五年には49%まで激増。「ブレーキが作動する前の警報だけで事故を半減させる効果があった」と分析している。

 一六年の交通事故死者は、54・8%を六十五歳以上の高齢者が占める。先進の安全技術は高齢者を中心に発生が目立つペダル踏み間違い事故の抑止にも有効だ。近年実用化された防止システムの導入により、トヨタ自動車の車では七割の事故低減効果が確認された。

◆システム過信や混在…過渡期こそ危険

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 「自動運転」。この言葉が一般の利用者に誤解やシステムへの過信をもたらし、かえって危険を招いてしまっている現実もある。

 ある自動車メーカー幹部は最近、自社の自動ブレーキ搭載車の走行データを見て驚いた。利用者の一人が日常運転で自動ブレーキに頼り切り、自らはブレーキをほとんど踏んでいなかったのだ。幹部は「技術的には、あくまで緊急回避。こちらの意図と違う使い方をしている」と戸惑う。

 米国では二〇一六年五月、電気自動車(EV)ベンチャー「テスラ」の自動運転システム「オートパイロット」を使っていた運転手が死亡する衝突事故が起きた。車に運転を任せきりにしたことが一因とされる。

 現在、世の中で一般的に「自動運転機能」と呼ばれるシステムを載せた車の大半は、人間が運転の責任を負う。自動ブレーキや一部高速道路での自動運転機能はあくまで「支援」。このため、トヨタ自動車が「運転支援技術」と呼ぶなど、メーカー側も誤解を招かないよう警戒している。

 また、将来は完全な自動運転車と、人が運転する車が道路で混在することも予想される。民間シンクタンク・インターリスク総研の調査では、街で自動運転車を見かけた際、運転手の四人に一人が「接近してみる」「ちょっかいを出してみる(急接近)」など、普段の運転と異なる行動を選ぶことも分かった。新技術は普及途上。過渡期だからこそのリスクが潜む。

◆衝突前の自動停止普及を 永井正夫所長に聞く

財団法人・日本自動車研究所の永井正夫所長

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 「事故死者ゼロ」という究極の目標は実現できるのか。一般財団法人・日本自動車研究所(東京)の永井正夫所長(69)に聞いた。

 −交通事故死者数は順調に減ってきた。

 車両の安全技術、意識の高まり、道路のインフラ改善が寄与した。ただ、今後は高齢化が進んで増加に転じるリスクもある。

 −ゼロ目標の起源は。

 スウェーデンの「ビジョンゼロ」(一九九七年)という政策が最初。ある役人が「どうして家から目的地に行くだけで死の危険があるのか」と問題意識を持ったのがきっかけだった。

 −日本では。

 日本学術会議が二〇〇八年、科学的に交通事故死傷者ゼロを目指すことを提言した。当時、ドライブレコーダーの普及が始まり、事故原因の分析と対策が可能になったことが大きい。それまで「事故ゼロ」は精神論で、事故に遭っても「不運」だと捉えられていた。

 −自動運転で事故はゼロになるか。

 削減に大きく貢献するが、ほぼ不可能だ。一般道での普及には相当時間がかかり、手動と自動が混在する状況下で事故が起こる。完全自動運転の開発競争が激化しているが、その前に歩行者や自転車を検知して止まる技術をしっかり普及させることが求められる。

 −発展途上国では、事故が減っていない。

 南北格差は深刻。メーカーは車と一緒に安全技術も輸出しなければならない。バイクのヘルメット着用など安全教育も重要だ。

◆道路も進化 横断者を感知し表示

横断歩道の歩行者を感知し、運転手に電光表示で知らせる「インテリジェント交差点」=盛岡市で

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 道路の革新も進む。愛知県立大の小栗宏次教授(57)が提唱するのは主に信号機のない交差点を高度化する「インテリジェント(知性ある)交差点」だ。

 昨年十一月には、盛岡市のJR盛岡駅前に横断者の存在をセンサーで感じ、電光表示で運転手に知らせるシステムを設置した。道路幅が三十メートル弱と広い上、カーブで見通しが悪い場所の安全性を向上させた。

 道路脇の白線に点字のような凹凸を作り、車で読み取る技術も研究中。衛星利用測位システム(GPS)を補い、より精密に車両位置を特定できれば事故防止に活用できるという。

 「メーカーによる多額の投資で高度化している車と違い、法規に縛られた道路は昔ながらの整備が続いている」と小栗教授。「名古屋の先人が車の重要性を見抜いて百メートル道路を造ったように、私たちも愛知から交通事故死を解決する『道路情報産業』を起こしたい」と意気込んでいる。

◆人の意識改革 怖さ体験し限界知る

急ハンドルや急加速でスリップする車=静岡県小山町で

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 安全装備が進歩しても、運転手の意識が変わらなければ事故はなくならない。トヨタ自動車はそんな思いから、富士山麓にある交通安全センター「モビリタ」(静岡県小山町)で地道な講習会を続けている。

 十一月初旬、記者が受講したメニューは死角の確認といった基本動作に始まり、時速百キロでの急ブレーキ、凍結を再現した路面でのハンドル操作など多岐にわたった。

 急ブレーキ体験は、普段あまり経験することがないアンチロック・ブレーキ・システム(ABS)などの性能を知ることが目的。凍結コースでは時速六十五キロで目いっぱいブレーキを踏み込んだが、ABSが作動しても、思うように減速せず急ハンドルで障害物をかわした。カーブでは車を制御できずにスピンした。

 「今のが実際の道路だったらどうでしょうか? 対向車と事故になっていますよね」とインストラクター。あえて危険を体験することで自分と車の双方の「限界」を知り、慎重な運転を心掛けてもらう狙いだ。

 講習は有料だが、二〇〇五年の開所以来、計六万三千人が来場した。トヨタ社会貢献推進部の斉藤豊さんは「車の安全技術の普及を進めているが、現時点で事故を100%防ぐことはできない。ドライバーや歩行者の意識を同時に高めていくことが大切」と訴える。

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 文・福田要、宮本隆彦、鈴木龍司、岸本拓也 デザイン・伊藤潤 紙面構成・岩下理花

 

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