トップ > 特集・連載 > 高校生・大学生 > 記事一覧 > 記事

ここから本文

高校生・大学生

<あの頃> 芸術家・森村泰昌さん

森村泰昌さん=大阪市天王寺区の府立高津高校で(撮影・伊藤遼)

写真

 著名人が、まだ何者でもなかった若い時代を振り返る「あの頃」。今回は、名画の中の人物や女優などに自ら扮(ふん)するセルフポートレート作品で注目されてきた芸術家の森村泰昌さん(67)です。幼い頃から抱き続けてきた社会への違和感に対し、自らを表現する方法を切実に追い求めてきました。

  ◇   ◇

 −どんな子どもでしたか。

 植物や魚類の図鑑が好きで、幼稚園の頃からその中の絵を描いていました。学校は苦手だった。集団生活が嫌でね。給食もみんなより食べる速さが遅く、うまく合わせられない。みんなで一緒に盛り上がるのも恥ずかしくて苦手でした。

 高校時代には大きな学生運動のうねりがあり、一九七〇年には大阪万博や三島由紀夫の割腹自殺など多様な表現のあり方があってどれも興味深かった。文学や生物学にも関心があって進路に迷った末、美術系がええなあと。でも京都市立芸術大に入ったら、授業自体はとてもつまらなくて大学を受け直そうか悩みました。ここじゃない、という揺れの中にずっといました。

 −大学卒業後、企業へ。

 今までとは別の人生を歩む決意と後ろめたさがごちゃーとなっている一方で、実家が商売をしていたこともありサラリーマンへの憧れもあって就職したけど、すぐ辞めました。みんな入社したら突然きちんとなじんでいくけど、ぼくはなんでみんなで社歌を歌うのかとか先輩に深々と頭を下げるねんとか考えてぎくしゃくして、三日目でもうダメだと逃げた。だから極めて敗北感が大きい。人間失格と思い、つらかったです。

 一方で相当大きな怒りも発生した。普通に生きてる人間なのに受け入れない社会はおかしい、なじめない自分が悪いのかと。納得できない思いはずっと自分の表現の底流にあります。大企業から依頼を受ける時、君たちが捨てたぼくを今は求めているのねと(笑)。大げさにいうと、芸術を通して復讐(ふくしゅう)劇が成立したなと。

 −会社を辞めた後は。

 文学学校に通って小説を書くとか絵本を描くとか、何かを表現したくてグルグル試行錯誤していました。その頃芸大の非常勤講師になって、流行を追いブランドの服を着るみたいな八〇年代の格好良さを学生から教えてもらい、時代に合う写真作品も制作。でも違和感があって段々腹が立ってきて。八五年にセルフポートレートを作る時、その時代にふさわしくない逆のことをして美術的なものにケリをつけようと思った。

 自分は内向的ですが、全部ひっくり返して百パーセント自分を出すことをしないと先がないと。自分には美術しかなく、ザ・美術史であるゴッホを題材にしたら自分が出せると思いました。耳を切ったみじめなゴッホに扮したのは自分の心境と重なったから。そうして「肖像(ゴッホ)」を発表したら世の中が振り向いてしまった、みたいな。

 自分なりの表現方法を見つけ出すには、相当思い切った発想の転換が必要。ぼくも写真という手法を使って絵を捨て、本当の写真を撮りたいと思って一般的なものを捨て、そういう中でゴッホができてきた。ゴッホをやった時は相当何かを捨てました。粘土をかぶったり顔に何か塗ったりね。

 −違和感を抱えて生きる若者は今も多いです。

 居心地は悪い方がいいですよ。周りとのずれや痛みの感覚が何かを覚醒させる。人の痛みを知る上でもむちゃ大事で、違和感は人間が豊かになるための重要な要素。逆に居心地が良い時はきっと問題をはらんでいます。みんなと盛り上がっている時、一人で少し離れて見てみる批評精神が大事。なぜ居心地が良いか、別の人にとってはどうか、いろいろ見えてくる。

 つらい時、周りの環境や人とか、自暴自棄な衝動を引き留める何かがなければ人間は爆発するでしょうね。その何かがぼくの場合は芸術やったかなあ。でも社会の問題も大きい。最近は物を作って壊すサイクルがあまりにも速い。命のあり方に対する感受性が変わってきました。事件は個人の現象として現れるけど、社会が生み出す現象の中で偶然その個人が選ばれただけ。責任は社会にあります。

 ぼくは大人として、ささやかでも誰かを救いたい。自分もいろんな本や美術作品から学んできたので、救うことが目的ではないけど、結果的にぼくらの作品から自分の道を見つけ出せる人が一人でも出てきたら。「経済的に豊かな生活=幸せ」とは違う夢の世界を描くのが芸術家の役割だから。

 (芦原千晶)

◆Profile

浪人時代の19歳の森村さん(本人提供)

写真

 <もりむら・やすまさ> 1951年、大阪市生まれ。現在まで同市内で暮らす。小1のとき学校で怪獣を描いてダメ出しされ、学校と自分用の絵を描き分けるようになる。

 大阪府立高津高で美術クラブに入り油絵を、同級生と作った同人誌でも絵を描いた。71年に京都市立芸術大デザイン専攻。80年に写真作家アーネスト・サトウ氏の下で同大の非常勤講師になり、写真作品を制作。ゴッホの肖像画に扮して写すセルフポートレート作品で注目を集める。名画や歴史上の人物、女優を題材に写真や映像作品を発表。「ゴッホも三島由紀夫もフリーダ・カーロもモチーフは『これやー!』という直感で選び、制作後もこだわり続ける」

 2016年、国立国際美術館で大規模個展「自画像の美術史」。著書は「芸術家Mのできるまで」「美術、応答せよ!」など。10月20日からシュウゴアーツ(東京)で個展。

「肖像(ゴッホ)」(1985年、本人提供)

写真
 

この記事を印刷する

新聞購読のご案内

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山

Search | 検索