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高校生・大学生

自由に考える楽しさ 「哲学対話」高校生スタッフが体験

いすを寄せ合い、円になって話し合う高校生スタッフたち=名古屋市中区の中日新聞社で

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 学校で「みんな同じがいい」という雰囲気があるのはなぜか−。そんな正解のない問いについて話し合う「哲学対話」の取り組みが広がっている。全国各地でワークショップなどを開く東京大の梶谷真司教授(51)=名古屋市出身=を招き、高校生スタッフが体験してみた。

 「日ごろ疑問に感じていることは何ですか」。梶谷教授が尋ねると、輪になって座る高校生スタッフたちから次々と手が挙がった。

 「どうしてテスト勉強をしなければならないのか」「恋に落ちるのはどんなときか」「一歳でも年上の人に、なぜ敬語を使わなければならないのか」…。

 ホワイトボードが疑問で埋め尽くされたところで、「では投票しましょう」と梶谷教授。多数決の結果、「学校で『みんな同じがいい』という雰囲気があるのはなぜか」という二年女子の疑問を出発点に、話し合うことが決まった。

 哲学対話は、子どもたちの思考力を養おうと、一九七〇年代に米国で始まった教育プログラム「子どものための哲学」がモデルだ。

 数人から十数人が車座になり、まずは日ごろの疑問を出し合って「問い」を立て、七つのルール=図=を基に語り合う。黙って聞いているだけでもよく、討論のように白か黒かを結論づけることもしない。互いに問い掛けながら、考えを深めたり広げたりしていく。

 一見すると、井戸端会議のように思えるかもしれない。でも古代ギリシャのソクラテスも仲間との対話を通じて思索を深めた一人。梶谷教授は「哲学とは『問い、考え、語る』こと。哲学対話は、哲学の原点ともいえる試み」と説明する。

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 車座になったスタッフたちは、「みんなと同じようにしている方が楽だし衝突が少ないのでは」と話す人がいる一方で、「みんなと同じは嫌。埋もれないように違いを出したい」と考える人も。対話を重ねるうちに「そもそも個性があるのは悪いことなのか?」などと新たな疑問が提示され、話題は近ごろ急速に進む「社会のグローバル化」にも広がった。

 「個性がなければ世界で生き残れないと言われるが、それ自体が同調圧力になっていないか」「そもそも日本で個性のある人が生きにくいからこそ、個性が大事だということでは?」…。

 いくつもの問いが生まれたところで「では、ここまで」。煮え切らない表情のスタッフたちに、梶谷教授は「モヤモヤするのは、多様な視点で物事を考えられるようになっているからこそ。大事なのは答えを見つけて終わりにするのではなく、この後も考える力を持ち続けること」と声を掛けた。

 これまでに各地の学校や企業、地域の会合や子育てサークルなどで哲学対話を開いてきた梶谷教授。大切にしているのが「何を問うのかということ」と話す。

 例えばある中学校で「いじめとは何か」をテーマに対話するうちに生まれたのが、「なぜいじめられている人を見て笑うのか」という問いだ。「面白いから笑うのではない」「他の人が笑っているのに合わせていただけ」と気づいた生徒たちがその後、教室でいじめを見ても笑わなくなり、いじめが減ったのだという。

 さまざまな価値観の人々が共存する社会の中で、互いの考えの違いを知ることは「民主主義の発展や、コミュニティーづくりにも役立つ」と梶谷教授。「哲学はスポーツと同じで、積み重ねが必要。まずは身近な問いから出発し、自由に考えることを楽しんでほしい」とアドバイスをくれた。

 (川合道子)

 <かじたに・しんじ> 1966年、名古屋市出身。京都大大学院人間・環境学研究科博士課程修了。専門は哲学、比較文化、医学史。東京大大学院総合文化研究科教授、「共生のための国際哲学研究センター」(UTCP)センター長。全国各地で哲学対話のワークショップなどを開くほか、国際哲学オリンピックに出場する高校生の指導・引率も務める。

 

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