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高校生・大学生

<あの頃> 作家 森見登美彦さん

◆小さな失敗避けて 空白の2年招いた

◆人と会い うろちょろ動いて

奈良県生駒市内で(撮影・黒田淳一)

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 楽しくも苦しかった学生時代。著名人が、まだ何者でもなかった「あの頃」を語るコーナーを不定期で始めます。初回は、人気作家の森見登美彦さん(38)。小説家になる自信をなくし、勉強にも意欲をなくした「空白の二年間」がありました。

 − 浪人して、京都大の農学部に進んだのですね。

 ぼくは小説家になりたかったから、大学はとりあえず行っておけばいいと思っていたんです。浪人時代の思い出は、予備校の帰りに生駒山を歩き回ったこと。鬱屈(うっくつ)していましたが、目標は合格することと明確だったから、深刻ではなかったかもしれない。京大に行きたくて、受験科目の関係で消去法的に農学部を選びました。大学ではライフル射撃部に入って、濃密な良い仲間ができました。デビュー作の「太陽の塔」(新潮社)はそのころの友達がモデル。友達と下宿でうだうだしたり、自転車で古本屋を巡ったり、下宿で小説を書いたりしていました。

 −休学したそうですね。

 三回生で始まった農学部の専門の勉強や実験が、全然面白くなかったんです。一方で、小説を一生懸命書いていましたが、このレベルではだめと自信をなくしていました。小説を書きたくて、それしか道はないのにデビューできず、研究者にもサラリーマンにもなれる気がしない。社会的にゼロになってしまう感じがしてヒヤッとした。世の中の流れから自分だけポコッと出て、戻れるのかなと。今でもぼく、小説が売れてなかったら何もないですよ。

 四回生で研究室に配属されましたが、一カ月で逃げ出しました。夏から一年休学してぶらぶらしたり、すし屋の配達のバイトをしたり。公務員試験の勉強もしたけど全部落ちました。

 −その後、大学院に進学し、デビューしました。

 父親に大学院の試験だけは受けとけと言われた。竹の研究をしている研究室を見つけて、竹は好きだったんで、ここでもう一度ちゃんと研究して卒業して就職しようと。院試に受かると、院に進むまでの半年間が、小説を書く最後のチャンスだと思いました。今までと全然違う小説にしよう、部活の友達を笑わせるために書いていたようなあほらしい小説を書こうと、学生生活のいろいろを誇張して、やけくそになって書いたのが「太陽の塔」です。

 大学院の研究室は非常に居心地が良かった。夜遅くまで実験して部活のノリで、急にまた青春がきた感じ。四月末に太陽の塔を仕上げて、日本ファンタジーノベル大賞に決まったのが八月。家族も研究室の人も喜んでくれて、授賞式にはみんな連れて行きました。先生は竹の研究成果の横に、ぼくの受賞結果も廊下に張り出してくれました。

 −学生にアドバイスを。

 よく聞かれるんだけど、難しいなあ。自戒を込めて、小さい失敗はした方がいい、かな。本来自分は何がしたくて、何に向いているのか、日々の暮らしの中で把握するために頻繁に新しいことをして、小失敗もするもの。ぼくは恥ずかしいのが嫌で小失敗を避けて、空白の二年間になった。

 本当に病的につらい時は、休むのが大事。でも、動けるなら何か動いた方がいいし、人とも会った方がいい。自分だけで苦境を脱するなんて無理。ぼくが当時をしのげたのは、周りに人がいたのと、うろちょろ動いていたから。前には進めなかったけど、後ろでも横でも動いていると、いずれ正しい流れがきた時に乗れるという感じがする。よどんでいると腐っちゃう。

 本当によく小説家になれたなと思います。どこかのタイミングで、少し状況が違っていたら太陽の塔は書いていない。困った状況を耐え忍べる環境があったことも大きいです。二年間を両親が養ってくれ、研究室の先生が受け入れてくれたから、小説を書けて命拾いした。感謝しています。

◆Profile

4回生の初夏、英ロンドンにホームステイした森見さん(右)(森見さん提供)

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 <もりみ・とみひこ> 1979年、奈良県生まれ。小説家を志したのは小学3年生のとき。友達の送別会で紙芝居の脚本を書き「ぼくが書くそばから友達やその親が絵をつけていって面白かった」。書いた小説を母親のクリスマスプレゼントにすることもあった。

 中学高校時代は「家で1人でぼーっとするのが好きだった」。部活動はしていなかったが、学祭では活躍。「小説を書いていると人には言っていないから舞台や映画の脚本を強引に担当して、みんなに驚かれた」

 京都大大学院在籍中に書いた「太陽の塔」が、日本ファンタジーノベル大賞を受賞し、2003年にデビュー。国立国会図書館で働きながら執筆していたが、10年から専業になった。京都の街を舞台にした小説が多く若い読者に人気がある。11年から奈良県在住。07年に「夜は短し歩けよ乙女」(角川書店)で山本周五郎賞、10年に「ペンギン・ハイウェイ」(角川書店)で日本SF大賞を受賞。最新刊の「夜行」(小学館)は直木賞候補になった。

(芦原千晶)

 

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