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舌はないけど

(6)放射線治療 副作用で食事にも支障

 舌の切除手術から二カ月たち、再発転移を抑えるために、放射線治療を受けることになりました。三十回で計六〇グレイの標準的な照射でした。

 あおむけになり、マスクで顔を固定されるのは、恐怖の体験でした。副作用はなかなか厳しく、口内炎やのどの炎症によって口から水分も取れなくなり、順調に進めていた嚥下(えんげ)のリハビリも一時中断しました。

 放射線治療の後半には、胃ろうで入れた栄養剤も吐いてしまうほどで、体重が一気に減りました。移植した皮弁も治療の影響で縮んでしまい、話す力、のみ込む力の回復に大きな支障になりました。

 いくら頑張っても、たった三十ミリリットルの流動食を食べることができない。食事の時間が苦痛でした。「ここであきらめたら、きっともう食べられなくなる」と分かっていても、どうしようもない不安で押しつぶされそうになりました。毎週、お見舞いに来てくれる親友に泣きながらつらさを訴え、励ましてもらったことが、心の支えになりました。

病室で迎えたクリスマス。放射線治療の副作用で食べることができず、やせ細っていた=2015年12月、愛知県がんセンター中央病院で

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 私は、あごの骨や筋肉の一部を切除していて、その影響で両腕が上がらなくなっていました。手術後、初めてドライヤーを使おうとしたらまったく操作できず、悲しくなったのを覚えています。リハビリの担当の方は「仕事に復帰するには、せめて利き腕は上がるようにしましょう」と、毎日、ストレッチなどをしてくれたのですが、これが痛くてたまらない。でも、職場に戻るという明確な目標があったから、七カ月の入院中ずっと頑張り、今では両腕ともほぼ正常に動くようになりました。この手術をして、ここまで回復する人は珍しいと、よく驚かれます。

 リハビリはつらいけれど、コツコツと続ければ必ず成果が出るんだと実感しています。

 ところで今週から、連載のタイトルの似顔絵を「眼帯なし」にしていただきました。昨年末から、右目に視力障害が出て物が二重に見えるようになり、脳神経へのがんの転移が判明。今年三月に二度目の放射線治療を受け「右目の失明は覚悟しておいてください」と宣告されていたのですが、がん細胞が小さくなって、正常に見えるようになり、しばらく使っていた眼帯も当面は不要になったのです。とても難しい場所の照射だったそうで、医学の進歩に心から感謝しています。

    ◇

 あらい・りな 1974年生まれ。岐阜県高山市在住。2015年に腺様嚢胞(のうほう)がん(ACC)で舌を切除。闘病とリハビリを続けている。

 

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