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舌はないけど

(4)切除手術  家族に感謝伝えられず涙

 舌下腺にできたがんの切除手術は、二〇一五年九月十六日に名古屋市千種区の愛知県がんセンター中央病院で行われました。

 術前の説明で、舌は全摘、再び話せるようになるのは難しいと聞いていたので、幼なじみの親友にすべてを伝え、治療後のサポートをお願いしました。彼女なら、私が話せなくなっても考えを酌み取ってくれると思ったからです。

 職場にも伝えると「話さなくてもできる仕事はあるから、ちゃんと治して戻っておいで」と言っていただき、以後の闘病の大きな支えになりました。舌を切除した後は、おなかの筋肉を皮弁として移植すると聞き、少しでもいい筋肉を使ってもらおうと、入院前に器具で腹筋を鍛えました。

 手術当日の朝、看護師さんに先導され、両親や妹と一緒に歩いて手術室へ向かいました。ふだん決して泣いたりしない母が泣いているのを見て、私も泣きそうになったけど、ぐっとこらえて「大丈夫!」と言いながら一人一人と抱き合い、手術室へ入りました。

手術から2週間後。傷口が化膿(かのう)し厚いガーゼをしていた=2015年、名古屋市千種区の愛知県がんセンター中央病院で

写真

 手術台に向かった時、もう話せなくなるのなら、最後に私の声で「ありがとう」と伝えるべきだったなと思ったら、少しだけ涙が出ました。

 手術は十時間の予定でしたが、予想以上にがんが広がっていたため、下顎骨の一部や首のリンパ節も切除となり、十三時間半かかりました。術後は集中治療室へ運ばれ、私は翌朝まで眠ったまま。看護師さんに名前を呼ばれて目を覚まし「ああ終わったんだ、私、生きてる」と思い、また眠りました。

 不思議と痛みはありませんでした。ただ、両手両足に医療機器がつながれ、至る所から管が出ていて、自由に動くことはできません。気管切開されていて、呼吸はのどからの酸素吸入。両親と妹が私の手を握って「頑張ったね」と言ってくれても、かすかに目で返事をするのがやっとでした。

 移植した皮弁は、萎縮することを計算して大きめになっていて、口の中は皮弁でいっぱい。口はほとんど開かず、唾液をのみ込むこともできず、看護師さんにしょっちゅう吸引してもらいました。

 数日後、主治医から手術の説明を受け、起き上がって鏡で初めて自分の顔を見たときは、あまりの腫れにびっくり。自分じゃないみたい。「まあ、これだけの手術をしたんだから仕方ないか」と受け入れるしかありませんでした。

    ◇

 荒井 里奈 1974年生まれ。岐阜県在住。2015年に腺様嚢胞(のうほう)がん(ACC)で舌を切除。闘病とリハビリを続けている。

 

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