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舌はないけど

(2)熊本地震 必要な支援 声を上げて

熊本への旅は障害と防災を考える機会となりました=2016年12月、熊本城で

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 私は今、多くの方に病気や障害を知っていただこうと、人前で話したり、この新聞連載をお引き受けしたりしています。

 そう思ったきっかけは、ちょうど二年前に起きた熊本地震。私ががんで舌などを切除し、七カ月間の入院を終えた直後のことでした。当時の私は水を飲むこともできず、ご飯は100%胃ろうに頼る身。手術の大きな傷が首にもおなかにもあって、社会復帰に向けて不安と闘っていました。

 テレビに映し出される避難所の様子を見ながら「もし今、私が被災したら、支援物資のおにぎりやパンを食べることもできない」と気づき、がくぜんとしました。

 熊本でも、私と同様の問題で困っている人がいるだろうと思い、経管栄養剤を送ることも考えました。でも、混乱の中で必要な人の元に届くかもわからず、募金に協力しただけ。元気になったら熊本へ行こうと、心に決めました。

 それから八カ月後、入院中に仲良くなった友達と熊本を旅しました。タクシーの運転手さんにお話をうかがいながら回りましたが、特に悲しかったのが、熊本城でした。私は歴史好きで、勇ましい黒色の熊本城が大好きでした。でも長塀が崩れ、瓦が落ちた傷だらけの姿に、涙があふれました。

 私も傷だらけだったけれど、こうして回復して熊本に来られるまでになった。「大丈夫、熊本もきっと元気になるよ。また来るよ」とお城に声をかけました。

 以来、防災について真剣に考え「自分にはどんな支援が必要か、周りの人に知ってもらわなくては」と強く思うようになりました。今は、胃ろうを使わずに生活できているけれど、食べ物をのみ込むために大量のお水が欠かせないし、細かく刻むためのはさみ、食べやすいスプーン、箸なども必要になります。胃ろうを使うならミキサー、シリンジ、チューブや、道具を洗う水も必要です。

 こうしたことは、自分で声を上げなければ、理解してもらえません。病気になる前には考えもしなかったけれど、自分が障害者になって初めて分かったことがたくさんあります。

 さまざまな障害の人たちがいて、それぞれが必要とする助けを提供できる社会であってほしい。そのためには、私たち当事者が声を出して知ってもらうことが大切だと思うのです。

  (次回は五月一日)

 あらい・りな 1974年生まれ。岐阜県高山市在住の会社員。2015年に希少がんの腺様せんよう胞(のうほう)がん(ACC)を発症し、舌を切除。

 

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