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医療

伝えたい 失語症と向き合って (中)「家族として」

一歩一歩 会話を育てる

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 もしかしたら、妻は違うことを言おうとしているのかもしれない−。名古屋市緑区の会社員溝口政克さん(56)は、失語症の妻真理さん(45)と話すとき、いろいろな方法で真理さんの言葉を確認する。

 例えば、たんすの衣服を整理するとき、真理さんが「ほかって(捨てて)」と言った服は、「じゃあ、ごみに出すよ」と言い換える。真理さんは「しまって(片付けて)」と言うつもりが、「ほかって」になってしまうことがあるからだ。「ズボンが欲しい」と言っていても、本当に欲しいのはトレーナーだったり。声に出すと、言いたいのとは違う単語になってしまうのは、失語症で現れる症状の一つだ。今は事前に実物を見せて確かめる。

年賀状を書く真理さん(左)を見守る溝口さん。緊急時のブザー(右手前)を渡してある=名古屋市緑区で

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 「私の言葉を真理が理解しているのか、分からないこともある。経験を積み重ね、(確かめる方法の)引き出しを増やしている」

 真理さんが失語症になったのは保険会社の事務のパートをしていた二〇一二年秋。自宅近くの路上で車にはねられ、脳挫傷を負い、一時は心肺停止に。一命は取り留めたが、右半身がまひして動かず、言葉も「話す」「聞く」「書く」「読む」の全機能に障害が残った。

 半年間の入院中、最初に発した言葉は「くさつよいとこ、いちどはおいで」。そのほかは「ババンババンバンバン」「ばいばい」などわずか。会話の流れと関係のない、脈略のない言葉だった。

 リハビリで少しずつ、言葉を取り戻したが、直後は夫婦の会話はかみ合わなかった。「今、何時?」と聞く真理さんに、溝口さんが「午後三時十五分」と答えても、真理さんは「そうじゃなくて今、何時?」。同じやりとりが五〜六回続いた。溝口さんが、つい「何が聞きたいんだ」と怒鳴ると、真理さんは悲しそうな顔で、何も言わなかった。

 夫婦は二人暮らしで、現在は溝口さんやヘルパーが介護している。真理さんは周囲の言葉はほぼ理解しているつもりだが、「時折(周囲と)違う言葉を話しているのかなと思うこともある」という。買い物や通院などの外出時は必ず、溝口さんが連れ添い、会話をつなぐ。

「一人になったら」 不安も胸に

 溝口さんはこの夏、ボタンを押すと警備会社が駆けつけるブザーを真理さんに渡した。「自分(溝口さん)が倒れたら、言葉が不自由な真理は通報できないかもしれない。脳梗塞など一刻を争うときもある」

 言葉が話せなくても家族ならば、分かり合えることもある。聞き直して確認する方法も次第に分かってきた。だが、「自分がいなくなったら、真理はどうなるのか」という不安はぬぐえない。

 真理さんは今、週二回、失語症の人らも集まるデイサービス「サニーズ」(名古屋市千種区)に通う。家族以外の人と話す機会になるほか、言語聴覚士による個別の訓練も受けている。

 「一歩一歩、歩いていけたら」と真理さん。昨年まではほぼ同じ文面しか書けなかった年賀状に、今年は一人ずつ異なるメッセージを添えられるようになった。「自宅リハビリは順調です●また会えるのを願っています」。平仮名や片仮名を書くのは大変だが、動く左手で、一言ずつ、ていねいに。二行、三十文字足らずに二十分ほどをかけ、思いをこめる。

 事故後、二人の生活は一変した。だが、真理さんの明るく前向きな性格は変わらない。溝口さんは「大変と感じたことはない。成長していく真理の姿に、元気をもらっている」という。「失語症になった人にも、伝えたい言葉がある。それを導き出しながら、一緒に歩いていきたい」(山本真嗣)

 

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