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医療

伝えたい 失語症と向き合って (上)突然、患者に

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言葉は救いの力を持つ

 「月日は百代の過客にして…」

 松尾芭蕉の「奥の細道」を読み上げる自動音声が教室に響く。岐阜県本巣市の真正(しんせい)中学校。三年前に失語症となり、今春、教壇に復帰した国語教諭の馬渕敬(たかし)さん(44)=同県大野町=の授業の一幕だ。

 長い文章の音読は難しく、代わりにテキストを読み上げる機能もあるデジタル教科書を活用する。リハビリで、自分の言葉で授業を進められるまでに回復したが、時折、言葉に詰まる。言い間違えることもある。「たくさん読めれ…よ…読まれるようになって…」。一言、一言、ゆっくり、正確につむいでいく。

松尾芭蕉の「奥の細道」について説明する馬渕敬さん=岐阜県本巣市で

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 話すのが困難な分、一目で生徒に要点が分かるようプリントを工夫。「あれもこれもは言えない。端的に、大事な点を伝えられるように一言を厳選している」

 生徒からは「ていねいで、分かりやすい」との声も。だが、一時は全く話せず、復職もあきらめかけた。

 二〇一五年三月のある朝、脳梗塞で自宅で倒れた。一命はとりとめたが、「国語の教員として最も大切な」言葉を失った。

 話そうとしても言葉にならない。自分や妻、小学生だった長女と長男の名前も言えなかった。テレビで字幕を見ても意味が分からず、本も「文字が書いてあるだけ」。がくぜんとした。

 検査すると、聞いた言葉を理解する力は残されていたが、「話す」「書く」「読む」ことができなくなっていた。「ハンカチ」「はし」などの単語は理解できても、「ハンカチを、はしの上に置いて」と文章になると全く分からなかった。

 一カ月後の退院時、話せた言葉は「はい」「いいえ」「すみません」の三語だけ。医師からは「復職は無理」と言われた。

教え子の励まし 復職の支えに

 それでも、言語聴覚士らとリハビリを続け半年後には名前が言え、少しずつ簡単な文の読み書きもできるように。現状をフェイスブックに書くと、教え子からたくさんの手紙やメッセージが届いた。

 その中に自分がかつて生徒に贈った言葉があった。「困難は分割せよ」。井上ひさしの小説「握手」の一節。授業で引用し「困難は分割して、一つ一つ片付けていく。きっとその困難は終わるはず」と教えた。手紙には「先生が言っていたように必ずうまくいくから」とつづられていた。涙があふれ、復帰を決意した。

 病院のリハビリに加え、休職中に補助員として授業に参加することも。全校生徒の前で失語症であることを説明した。四十日間の現場実習などを経て昨年二月、県教育委員会の復職審査に合格した。

 現在、岐阜県の若い失語症患者や家族、言語聴覚士らでつくる「やすらぎの会」の事務局も務める。失語症の症状は千差万別で回復状況も異なり、全く話せないままの人もいる。就労も難しく、当事者の悩みは深い。これらを共有していこうと二年前に立ち上げた。

 言葉を失ってその力を知り、言葉に救われた。「言葉で思いを伝えられずに、苦しんでいる人がいる。そのことを一人でも多くの人に知ってもらえたら」

      *

 言葉を理解したり、話したりすることが難しくなる失語症。意思疎通が難しいため、仕事を失ったり、引きこもったりする人も少なくない。国は、意思疎通を支援する人材の育成を都道府県などの必須事業にし、今年から全国で研修が始まっている。失語と向き合う当事者や家族、支援者らの思いを伝える。(山本真嗣)

 【失語症】脳梗塞や交通事故などで脳の言語中枢が損傷して起きる障害。日本失語症協会によると人の話を聞いて理解する、話す、読む、書くなど言葉にかかわる全機能に支障が出てコミュニケーションが困難になる。全国に約50万人いるとされる。

 

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