トップ > 特集・連載 > 医療 > 記事一覧 > 記事

ここから本文

医療

ALSと生きる(下) 強い意志と支える力と

「手本に学べ」集う人々

 「呼吸器生活も生活習慣次第で気楽に買い物もできる」「病人に見えないようにしている」…。佐賀市に住む「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」の患者、中野玄三さん(63)は日々、自らの経験をインターネットのブログで発信している。わずかに動く足を使い、パソコンのマウスを動かし続ける。

 運動神経が壊れ、体が少しずつ動かなくなる難病ながら、胃ろうを造ることもなく二十年以上、口から食事を取って暮らす中野さん。看護学校の講師を務めるほか、各地での講演活動なども手掛ける。なぜそれほどの活動ができるのか。中野さんのブログを読み、その生活ぶりを学ぼうと、全国から多くの患者やヘルパー、看護学生らが自宅を訪れる。

中野玄三さんの自宅でひげのそり方を習う今田ゆかりさん(左)。何度も通い、ALS患者の暮らしぶりを学んだ=佐賀市内で(今田さん提供)

写真

 愛知県稲沢市の介護福祉士今田ゆかりさん(52)もその一人。五年前、別のALS患者の介助を初めて担当することになったが、やり方が分からず、情報を求めて中野さんを訪ねた。

 中野さんは人工呼吸器を付けベッドで横になっていたが、食事の時は呼吸器を外していた。その姿を見て「自力で動けないのに、なんでこんなことができるの」と驚いた。

 ヘルパーがスプーンで口元まで運んでくれた食事を吸い込んで食べる。介助を自分でもやってみた。簡単そうに見えて、食べやすい角度にスプーンを運ぶのは難しく、ヘルパーの技術の高さにも感銘を受けた。

 その後も数回、自宅を訪ね、口腔(こうくう)ケアやひげそりなどを教わってきた。それまでにかかわった患者はふさぎ込んでいる人がほとんどだったが、中野さんは口の形で文字を読む「口文字」とまばたきを使ってヘルパーと冗談を言い合い、笑い声が絶えなかった。そのせいか、進行性の病気にもかかわらず、行くたびに顔の筋肉が柔らかく感じられ、表情も豊かになっていた。「自力で食べたいという本人の明確な意志に対し、家族とヘルパーが“チーム”としてうまく機能している。支える人の力で患者の生活の質をこんなに向上させることができるんだと希望をもらえた」

 同じように、川崎市の患者高野元(はじめ)さん(53)もブログで中野さんと知り合い、二年前、自宅を訪ねた。発症してから気持ちがふさいでいたが「口から食べ、楽しそうに生活する姿を見て、生きる勇気をもらった」という。

 患者であれば誰もがあこがれる中野さんの生活。ただ、ここまでの道のりは平たんではなかった。どうすればストレスなく生活できるかを妻の由美子さん(61)と何度も話し合い、試行錯誤を重ねてきた。

 指に力が入らず、トイレの温水洗浄便座のボタンが押せなくなったときは、押せる高さになるまで一円玉を積み上げ粘着テープで固定した。足でパソコンを操作するときには段ボールを敷き、動かしやすい高さに。中野さんを支える六人のヘルパーとも話し合いを続け、自分が望む介助を追求し続けた。

 経済的にも自立するため、由美子さんと介護事業所「メティエ」を設立。地域の重度障害者宅のほか自宅にもヘルパーを派遣。中野さん自身のケアプランは自ら作り、日常生活で介助を受けるだけでなく、ヘルパーと一緒に外出したり飛行機に乗って旅行に出掛けたりして「動けないストレス」を解消している。

 「体が動かなくなっても、幸せを感じる心まで奪うことはできない。ALSは乗り越えられる」(花井康子)

 

この記事を印刷する

新聞購読のご案内

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山
地方選挙

Search | 検索