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人工肺10歳 「命のリレー」 名古屋−岡山 280キロ搬送し肺移植

医師・航空自衛隊がタッグ

 重篤な肺炎で名古屋大病院(名古屋市昭和区)に入院していた愛知県の小学五年、向日葵(ひまわり)さん(10)が三月下旬、岡山市の岡山大病院で肺移植を受け、少しずつ回復している。肺移植以外に助かる道のない命を救ったのは、複数の医療機関の医師らが協力し、航空自衛隊の輸送機で向日葵さんを搬送した「命のリレー」だった。(河野紀子)

両親から肺の提供を受け、順調に回復している向日葵さん(左手前)=名古屋市昭和区の名古屋大病院で

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 向日葵さんは五歳のとき、血液の病気を発症。名大病院で治療を受けて一時は症状は治まったが、再発した。今年一月、治療の合併症で肺炎にかかり、緊急入院。集中治療室(ICU)で人工呼吸器と酸素を体内に送り込む人工肺を装着し、意識不明の状態が続いた。母親(37)は「祈るような気持ちで枕元で呼び掛けた。家に帰って娘のものをみては泣いた」と振り返る。

 肺移植でしか助かる見込みはなく、両親がそれぞれの肺の一部を提供すると決めた。名大が開発した診断技術で、向日葵さんが血液の病気を再発するリスクが低いと証明できたことも、移植の実現を後押しした。

 だが、肺移植手術ができる岡山大病院まで約二百八十キロの搬送が大きなハードルだった。名大病院小児科の高橋義行教授は「人工肺を装着したまま搬送し、もし容体が急変すればすぐに医療措置が必要になる。電源も確保しないといけない。救急車やドクターヘリでは、十分な電源や広さがなく対応できない」と話す。

 高度な医療設備の整ったコンテナ型の「機動衛生ユニット」を搭載した自衛隊の輸送機で運ぶしか方法はなかった。緊急性の高い重症患者の搬送に使われ、「空飛ぶICU」と呼ばれる。航空自衛隊小牧基地(愛知県小牧市)を拠点に、医官や救急救命士らがメンバーの航空機動衛生隊が任務にあたる。

機動衛生ユニットで向日葵さん(手前)を搬送する航空機動衛生隊員ら=航空自衛隊提供

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 三月二十三日朝、機動衛生ユニットでの搬送準備が始まった。名大病院から県営名古屋空港(同県豊山町)までは、重症患者の搬送チームを持つあいち小児保健医療総合センター(同県大府市)の医師らが協力した。

 移送中に人工肺の管が抜けると命にかかわるため、細心の注意が必要になる。向日葵さんに装着した人工肺や人工呼吸器、モニターなどの回路を固定し、ストレッチャーを動かせるようにするだけで一時間近くかかった。

 多くの機器を載せたストレッチャーの総重量は、八十キロ以上。数人がかりで救急車に運び込んだ後、容体に変化がないかを確認。空港まで約三十分の道中も、数分おきに血圧や心拍数などをモニターでチェックした。空港に着くと、機動衛生隊の隊員らも加わり、救急車からユニットに運び込んだ。午後二時、名古屋空港を飛び立ち、一時間ほどで岡山空港(岡山市)に到着した。

 今回で三十七回目の長距離搬送。同乗した機動衛生隊の医官の山口大介隊長は「長距離搬送はそれだけリスクを伴う。万が一の事態に備えて、万全の態勢で搬送した」と話す。名大病院から岡山病院まで、隊員や医師、看護師ら総勢十三人が付き添った。

 向日葵さんは五日後、無事に岡山大病院で手術を受けた。母親は「意識が戻ってほほ笑む娘を見て、うれしくて涙があふれた」。

 二カ月間も人工呼吸器を付けて寝たきりだったため、筋力が弱まり、最初は息をするのもつらそうだったという。リハビリで少しずつ体を動かし、腕を頭の上まで上げたり、口から食事が取れたりするようになった。五月下旬に名大病院に転院。いまは院内学級に通い、自分の足でゆっくりと歩けるまでに回復した。

 父親(34)は「みるみる元気になって、周りが驚くほど。今回の搬送に協力してくださった方々には本当に感謝しかない」と娘を見やる。院内学級では算数が好きだという向日葵さん。「退院したら、お母さんの作ったもんじゃ焼きが食べたい。遊園地や温泉にも行きたい」と話した。

 

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