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医人伝

三重大病院リウマチ・膠原病センター(津市) センター長 中島亜矢子さん(57)

専門医育て地域に貢献

 昨年九月、三重大病院(津市)に新設されたリウマチ・膠原(こうげん)病センターのセンター長(教授)に就任した。膠原病は免疫機能の異常で、関節や筋肉に痛みやこわばりが続いたり、全身の臓器に炎症などを起こしたりする病気の総称で、患者の多くは女性だ。難病に指定されているものも多く、症状が複数の臓器に及ぶため正しい診断が難しい。三重県内の数少ない専門医として診療にあたっている。

「安心して治療を受けられる態勢を整えたい」と話す中島亜矢子さん

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 横浜市出身。子どものころは漠然としていた医師への思いが明確な目標となったのは中学生のころ。高校受験を前に勉強を教えてもらった家庭教師の女性が、膠原病の一つ「全身性エリテマトーデス」の患者だったことがきっかけだった。女性は長年、微熱や関節痛、倦怠(けんたい)感に苦しんでいた。「膠原病を診られる医師になって」。女性の思いが、数ある分野の中でも、膠原病の専門医を目指す決め手となった。

 三重大医学部に進学。一九八六年に卒業した後、東京女子医科大第二病院(当時)で内科医としての道を歩み始めた。

 八八年、同大付属リウマチ痛風センター所属の助手に。国内でも最大規模のリウマチ・膠原病の治療機関で、約三十人の専門医とともにキャリアを積み、米国への留学も経験した。昨年、三重大でリウマチ・膠原病センターの新設と専門医の公募を知り、母校に戻ることを決意。「育ててもらった地域に対して、恩返しという気持ちもあった」と、国内最大級の機関から専門医ゼロの病院に移った。

 それまで三重大では、整形外科や臓器別内科の医師が膠原病患者を担当。県内では関節リウマチの患者は一万人を超え、指定難病の患者も二千六百人以上に上る。患者らの多くは専門医の治療を求め、名古屋市など周辺の都市部に通っていた。センター開設後は一年間で約五百人が受診。「今までどこに行ったらいいか分からなかった患者さんにも、安心してもらえるようになった」。「地域に根差し、相談できる場所にしたい」と市民向けの講座や患者会を通した情報発信にも力を注ぐ。

 診療スタッフは現在五人。今後は医療機関の少ない県南部にスタッフを派遣し、現地の医師と協力できる態勢をつくるのが一つの目標だ。専門医の育成にも力を入れる。「三重県で安心して普通に膠原病の診療を受けられる環境を整えていきたい」と力を込める。(熊崎未奈)

 

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