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ほどほど道

<ほどほど道> (8)勝ちすぎない

「国境」を争う合戦に向けて練習する信州遠山郷綱引隊のメンバー=長野県飯田市の南信濃B&G海洋センターで

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◆引くだけじゃダメ

 静岡との県境に近い長野県飯田市南信濃。体育館の端から端に伸びる綱を、屈強な男たちが引き合っていた。

 「しゃぁぁぁぁぁ…」。振り絞るような掛け声とともにめいっぱい体を倒し、踏ん張る。一分、二分…。何人か尻もちをつく。抜け殻のようにうずくまり、しばらく動けない−。

 信州遠山郷綱引(つなひき)隊の面々だ。旧南信濃村の二十〜五十代の十人ほどが週三回、練習に集まる。時には、重機を相手に綱を引く。

 「真剣すぎて困るぐらいですよ」。綱引隊の母体、飯田商工会議所遠山郷支部の青年部長山崎久孝さん(49)が苦笑する。

 真剣なのは、“領土”がかかっているから。毎年十月、県境の兵越(ひょうごし)峠で、静岡側の旧水窪(みさくぼ)町(現浜松市)の商工会と対戦する。その名も「峠の国盗り綱引き合戦」。勝者は一メートル、相手側に境界を移動できる。

 毎回、両市のトップを含む数百人が応援に訪れる。地元の期待を背に、メンバーの一人は「あれだけの人の前で、運動会のような綱引きは見せられない」。気合がみなぎる。

 でも、と山崎さん。「勝ちすぎるのは、良くないんですよ」

 実は昨年秋、綱引隊の主力四人は、あえて出場しなかった。隊が力をつけすぎたのか、前年まで三連勝。静岡側の要請を受け、不利な条件を受け入れた。

 「負けられない時があるのは、相手も同じだから」

 過去に、三連敗を喫したことがあった。失望した地元の有力者が「もう応援に行かない」と言いだし、ちょっとした騒ぎになった。

 白か、黒か−。効率が求められる世の中では曖昧に済ますことは許されない。勝ち負けでいえば、勝つことが求められる。でも勝敗にこだわりすぎず、「グレー」の方がうまくいく場面もある。国と国、ご近所づきあい…。

 家庭の中もそう。神奈川県小田原市の恋愛カウンセラー阿妻靖史さん(42)には苦い過去がある。東大大学院を出て一流企業に就職。挫折知らずのいわゆる「勝ち組」だった。でも、前の結婚生活は半年で終わった。

 身を置いてきたのは、結果を出さなければ評価されない世界。その基準に照らし、よほどのことでなければ相手のことを褒めない。悩みを聞く姿勢もない。

 休日には家事もちゃんとこなしたつもりだったが、次第に家庭から笑顔が消えた。「自分に都合の良い『正しさ』を押しつけて、追い詰めてしまったのかもしれません」

 相手の立場を思いやる。大げさに言えば「平和」の出発点、かもしれない。ちなみに峠の綱引きの戦績は、長野十五勝、静岡十三勝。「国境(くにざかい)」の看板は、実際の県境より二メートルだけ静岡側にある。境界をぼかし続け、隣人同士の本気のおつきあいは三十年に近づいている。

 =おわり

     ◇

 この連載は、奥田哲平、斎藤雄介、写真は畦地巧輝、川柳晶寛、田中久雄、小沢徹が担当しました。

 

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