トップ > 特集・連載 > 考える広場 > 記事一覧 > 記事

ここから本文

考える広場

フリーが変える創作の世界

 情報が簡単に発信、受信できるインターネット。いろんな意味でフリーを可能にしたネットの世界では、創作作品の「ただ読み」「ただ聴き」が横行する。一方で、さまざまな作品が公開されて創作者に刺激を与えてもいる。フリーの衝撃をどう受け止めるべきか。

 <フリー> 「自由な」「無料の」などと訳される英単語。最近、インターネットの世界では「無料」の意味で使われることが増えた。有料の創作作品をネット上で無料に入手する違法コピーが深刻な問題になっている。一方で、作品を無料で公開することで創作の活性化を目指す「フリーカルチャー運動」や、無料を入り口にして顧客獲得につなげるビジネスモデル「フリーミアム」などの新しい動きも出ている。

◆過去作品で読者呼ぶ 漫画家、「マンガ図書館Z」運営・赤松健さん

赤松健さん

写真

 「マンガ図書館Z」では、過去作品を中心に無料公開し、作者に広告収益を還元しています。二〇一一年に始めたきっかけは海賊版対策です。昔の作品を読んだ人が「この作者の他の作品も読みたい」と、新刊本を買う流れをつくりたいです。

 海賊版サイトの漫画村については、私は普通と少し違う考えを持っています。もちろん漫画村は悪い。でも、はやっていた当時、電車に乗ると多くの人がスマートフォンで漫画村を読んでいました。「まだ漫画はいける」と、すごくうれしかった。 漫画村がすごかったのは(人気週刊少年誌の)ジャンプ、マガジン、サンデー、チャンピオンが全部読めたこと。各社が電子版をやっていますが、ある意味、読者の囲い込みを狙っており、出版社を横断したサイトがない。そこにつけ込まれたのが漫画村事件だと思います。漫画村をつぶすだけ、ではもったいない。

 投稿サイトをホワイト化する方法もある。アニメ投稿サイトだったクランチロールは、テレビ局などと組んで公式になりました。「マンガ図書館Z」は今夏、過去作品の第三者投稿制度を始めました。いわば電子書籍版のユーチューブですが、公開するのは作者に許可を取った後です。合法的な漫画村ともいえます。作者と出版社、投稿者で広告収益を分け合います。

 漫画家にとっては、電子版と紙で描き方の違いもあります。ある漫画家は海外配信を考えて、横書きでもセリフが入るように吹き出しの形を縦長から円形に変えました。見開きのコマを避ける作家も増えています。縦スクロールでカラーの電子版は特に海外では訴求力が高い。一方、一部の漫画家は今も電子版を出していません。紙の「めくり」のリズムを考えて描くベテラン作家は多い。電子版は場所を取らず、品切れもない。紙にも「持っていたい」と思わせる魅力がある。両方あって良いのです。

 音楽の「Spotify」のような無料や低額で使い放題のサービスは、いずれ漫画でも登場するでしょう。過去作品は当然無料として、新作も発売日だけ読めるとか、小学生以下は無料とか、条件も工夫すべきです。便利な公式サイトがあれば、ウイルス感染の恐れがある海賊版に行くメリットはないので、海賊版は死滅するはずです。

 (聞き手・谷岡聖史)

 1968年生まれ、東京都出身。中央大文学部卒。93年に漫画家デビュー。代表作に「ラブひな」「魔法先生ネギま!」など。日本漫画家協会常務理事(著作権部を担当)。

◆創造の可能性広げる 早稲田大准教授ドミニク・チェンさん

ドミニク・チェンさん

写真

 インターネットは黎明(れいめい)期から、「自由」を意味する「フリー」が重要なキーワードでした。今は「フリー」が「無料」という意味で使われ、無料かつ無断で他人の著作物をダウンロードする事例が日常的に起きている。その法律上の是非を論じることは必要ですが、それにとどまるものではありません。

 インターネットはもともと米国政府が軍事目的で開発しましたが、最初にネット文化を構築したのは自由な知の交換を信じる大学人やエンジニアでした。彼らは互いを同志と思い、プログラムを交換する際もお金は取らなかった。コンピューターの発展とともに企業がプログラムをコピーライト(著作権)で独占し、自由でなくなると、反発する人たちがプログラム作成のソースを公開し、フリーなソフトウエアを作ったほどです。

 だから、僕は学生たちに言うのです。フリーとは、「無料でゲットできてうれしい」ではなくて、自由というものを社会に広めることだ。自分の自由だけではなくて、自分の周囲にいる人たちの自由をも考えること。そういう一つの思想として、しっかり認識してほしい、と。

 僕自身、米国の憲法学者ローレンス・レッシグが発足させた国際NPO「クリエイティブ・コモンズ(創造の共有地)」の活動に関わってきました。フリーソフトの思想を本や音楽、映像などの著作物に適用し、著作権者が自らの著作物を発表する際、第三者の自由な使用を認める意思を明示します。フリーで公開というと慈善事業のようにとらえられがちですが、全く違う。著作権にとらわれず、創作を継承し連鎖させることで文化そのものの風通しがよくなるし、作者としても作品のプロモーションにつながるのです。

 ITやAI(人工知能)は生命の対極に思われますが、むしろ生物学的なリアリティーで社会や文化を認識できるツールです。例えば、ピクシブというSNS(会員制交流サイト)では言語の違う人たちが絵を介して交流しています。アフリカから世界に散らばった人類が今、再びつながっている。文化の有機性が高まり、多様な文化が触れ合い今まで見たことのないものが生まれようとしているのは、遺伝子の揺らぎで新しい生命が生まれるようなもの。クリエイティブ・コモンズはその創造を加速させる触媒なのです。

 (聞き手・大森雅弥)

 1981年、東京都生まれ。フランス国籍。専門はメディア論。著書に『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック』『電脳のレリギオ』『作って動かすALife』(共著)など。

◆最適な線引きが大事 弁護士・福井健策さん

福井健策さん

写真

 万人が情報を発信、受信できるネット社会の中で、著作権はいろいろな課題に直面しています。海賊版サイトの問題も深刻ですが、より広い意味でフリーと著作権の衝突も起きています。

 著作権の役割とは、つまるところ情報の独占と共有、保護と利用のラインをどう引くかということです。クリエーターに成果をどこまで独占させ、どこから社会が共有するか。ラインが独占の方に寄りすぎると新しい創作や開発、ビジネスがやりにくく、社会は窮屈で革新のない場所になりかねません。逆に、共有がいきすぎるとクリエーターが生活の糧を失います。そういう社会は危ないかもしれない。大事なのは最適なバランスでラインを引くことです。

 バランスへの挑戦といえるのがフリーの躍進です。出版業界は売り上げがピーク時から四割減少しています。原因は違法な海賊版だけではなく、むしろ適法な無料コンテンツとも言えます。無料のニュースサイトが増えれば、通常は新聞の売り上げは落ちていきます。音楽をユーチューブで聴く人はその分CDを買わない気がします。

 ではコンテンツ産業は縮小を続けるのか。そうとも言えません。CDの売り上げは落ちています。しかし、世界全体でみると、ネット配信の伸びがCDの落ち込みをわずかながら上回るようになりました。ネットで聴き放題、読み放題という新しいサービスが、ひょっとしたら救世主になるのかもしれません。ただ、一定の環境が必要です。

 好調なのがライブイベントです。コンサートの売り上げは過去二十年で約五倍に膨らみました。ネットで無料のコンサート映像を見ると、会場に行きたくなる。デジタルで代替され得ないリアルな体験が、より価値を増したということです。美術展も好調です。ネットで多くの作品が見られるのに、やはり本物を見たいということでしょう。

 フリーが広がっていくのは止められないし、利用者にとって悪いことではありません。ただ、一方でコンテンツを生み出す人や創作の場を守っていくことも重要です。工夫の余地はまだあります。「ライブ」「参加」は当面のキーワードでしょう。悪質な海賊版を退治するという「守り」と同時に、新しいビジネスモデルを生み出す「攻め」も大切だと思います。

(聞き手・越智俊至)

 1965年生まれ、神奈川県出身。東京大卒。骨董通り法律事務所代表パートナー。米ニューヨーク州弁護士でもある。『「ネットの自由」vs.著作権』など著書多数。

 

この記事を印刷する

新聞購読のご案内

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山

Search | 検索