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DIYで豊かな暮らしを 久原穏・論説委員が聞く

 自分で修理や組み立てなどを手がけるDIY(Do It Yourself)が静かなブームです。女優の中田喜子さんはDIY歴が三十年超に及び、自宅はもちろん公団住宅のリノベーション(改修)を手がけたことも。そんな中田さんとともに、空き家の増加など住居をめぐる問題の解決にDIYを生かせないか考えました。

 <DIYブームの変遷> 日本で初めてDIY関連の商品をそろえたホームセンターが誕生したのは1972年。先進国では遅いスタートだった。75年以降は毎年100店前後のペースで増えていった。業界では(1)消費者の志向が物質的な豊かさから精神的な豊かさへ変化した(2)週休2日制の定着などで余暇の時間が増え、リフォームなど創造的な暮らしを求める価値観が生まれた−ためとみている。

◆住みながら家育てる DIYがプロ級の女優・中田喜子さん

中田喜子さん

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 久原 著書『女優・中田喜子のDIY 手作り模様替え工房』(主婦の友社)を拝見しました。電動工具を手に椅子を解体し、座面の布を新しいものに張り替えていく作業姿に驚きました。清楚(せいそ)な印象とは結び付かなかったからですがDIYを始めるようになったきっかけから教えていただけますか。

 中田 二十代の時に仕事で訪れたドイツで若夫婦のご自宅を訪ねたのがきっかけでした。古い家を買い、自分たちの手で好きなようにキッチンなどを改修していたのです。プロに任せるのではなく、お金をかけずに楽しそうに暮らしていた。住まいの空間を自分たち好みに一つ一つつくり上げていくことにとても憧れました。

 ドイツではその当時に、素人でも購入できるさまざまなパーツ(部品)が、キッチン用とかバス用といったふうに売り場が分かれていました。それだけDIYが定着していたのでしょう。日本はとてもそういう時代ではなかったですね。

 久原 DIYの起源というのは、第二次大戦でナチス・ドイツの激しい空襲によって廃虚と化したロンドンで、市民らが「何でも自分でやろう」を合言葉に街の再建に取り組んだことに由来する。それが欧州全土、そして米国へも広まった。駐在経験のあるフランスも、ブリコラージュ(日曜大工)が国民に根付いていて、自分で家を改修するのは当たり前でしたね。

 中田 ドイツで刺激を受け、帰国してから「自分でもできるかもしれない」という気持ちになりました。探してみたら米国製の壁紙を見つけ、幅が四十五センチぐらいしかなくて初心者にも張りやすそうでした。当時住んでいた実家のリビングルーム全体を張り替えてみたら、皆が褒めてくれて。すっかり気を良くしたのがDIYの始まりです。

 久原 壁紙からスタートして、椅子の座面や大きなソファの張り替え、そして左官のような仕事まで広がっていったのはやはり驚きです。性分なのでしょうか。

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 中田 毎日使うダイニングチェアの座面が擦り切れたままになっているのを、そのまま見て過ごすか。そうではなく思い切って自分で張り替えてみるか。トライして多少ゆがんでしまったとしても、随分と気分は違うと思います。自分の好きな布になればテンションが上がります。自分でやり遂げたという達成感もあるのです。

 達成感というものを、私たち熟年層はなかなか若い頃のようには感じられなくなりました。でもDIYで椅子を張り替えたり、棚をちょっと足したりするだけで得ることができる。家の中も片付き、そうすると心にゆとりも生まれるのです。

 久原 そうはいっても時間にゆとりがある人ばかりではないですし、忙しい人にはなかなかハードルが高そうです。

 中田 せっかちな性格の私の経験からですが、最初はもう面白くて一日で仕上げようとするのですが、そうすると仕上がりがきれいにいかない。一気に仕上げるよりも、スローペースですることが長続きのこつだと思いますし、仕上がりも美しくなる。疲れたら一週間ぐらい放っておいて、また再開するというやり方でいいのです。

 私は、舞台のお仕事で「さあこれから(大変な)覚える作業に入る」という時に限ってDIYをしたくなる。それでどうなるかというと、仕事とプライベートの時間をうまく切り替えられるようになるのです。趣味がなかった時には、うまくできなかったのに。忙しくても、自分で踏み出してみることが大事だと思います。

 久原 素人で始めたわけですが、やはりプロの人に教わったのでしょうか。

 中田 DIYというと、木工が上手な方が木材を切って組み立てていくといったイメージがあると思います。でも私の場合は、今まで使っていたものをリメークするのが得意で、特に興味があるインテリアについて自分好みにカスタマイズするのが好きです。でも私が始めた頃はハウツー本もないのでほとんど独学で試行錯誤の連続でした。

 DIY歴を重ねるうちに知恵が出てくる。大事なのは完成したイメージ図を描くことです。図面には寸法を入れ、色も塗る。意外と図面まで描く人はいないのですが、図面をDIY用品店に持って行けば口で説明するよりも伝わりやすい。材料を無駄に買うこともなくなり、お店のアドバイスも受けられます。

 久原 そうして今ではDIYの延長線で住宅のリノベーションにも関わっていますね。都市再生機構(UR)の高島平団地(東京都板橋区)でリノベーションの手伝いをなさったこともあるとか。老朽化も目立つ賃貸物件ですが、どんな狙いがあったのでしょうか。

 中田 同団地は昭和四十年代に入居が始まりました。高層階の住戸でリノベーションをプロデュースし、主婦三人が実際に作業しました。高島平団地はリノベーションしても、原状回復しないで退去できるのです。自由にカスタマイズできるというのは魅力です。

 天袋を取り払い、畳も取って床を張り替え、ふすま紙の上から壁紙を張って洋風にしました。サッシは取り換えられないというので手前に窓枠を付けてヨーロッパ調の縦長の窓にしました。照明や家具は私が買ってきました。高島平団地は若い方たちが住みたいと思うように変貌させ、世代交代を進めていきたいという狙いです。

 久原 高度成長期に建てられた団地やニュータウンで、建物の老朽化とともに入居者の高齢化が社会問題となっています。また都心でも過疎地でも、空き家や空き物件の増加が深刻になっています。DIYやリノベーションによって、こうした問題への対応は可能でしょうか。

 中田 家は、新築して完成というものではなくて、住みながら育てていくものだと私は思っています。住む人の年齢に合わせて少しずつ手を入れていく。住みやすく居心地の良い空間です。そして、それを自分の手でできたら楽しい。

 空き家は本当にもったいない。私の親戚が三重県の過疎地に移住する具体的な計画を進めています。若い人たちが過疎地の空き家をリノベーションして移住すれば(空き家解消と過疎対策の)一石二鳥でしょう。

 久原 人生百年時代を迎えました。年齢に合わせて住居に手を入れるという意見に共感しました。年を気にせずDIYにも挑戦したくなりました。

 中田 おすすめしたいのは、いろいろなお家を訪問することです。刺激を受けて自分も模様替えやリノベーションをやろうという気になります。そのためにはまず、勇気を出して自分からお友達を招くことですね。

 たとえばダイニングテーブルの上に物を積んでいませんか。手近に置いた方がすぐ取れて便利だから、と。そうでなく電気ポットはキッチンに置く。立ち上がって歩きますから健康にいいし、テーブルも広々使える。発想の転換がとても大事です。

 <なかだ・よしこ> 1953年、東京都生まれ。18歳で女優としてデビュー。橋田寿賀子のテレビドラマ「渡る世間は鬼ばかり」やNHKのテレビ「連想ゲーム」(紅組キャプテン)などに出演し、人気を集める。映画、舞台などでも活躍、舞台「御いのち」で第19回菊田一夫演劇賞(1993年度)を受賞。

 

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