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通話か「LINE」か

 突然電話をかけてくるおじさんは、陰で「電話野郎」と呼ばれているという。用事は、まず電話で連絡−というのは、今の時代嫌われがち。若い世代などは、通話より無料通信アプリ「LINE」(ライン)などを好むようだ。「いきなり電話」は失礼なのか−。

 <電話野郎> 2017年4月「電話は必ず相手の手が止まる。電話野郎はそのことを分かってくれ」と匿名でインターネットへ投稿されたのが始まりとされる。

 総務省の調査(2016年)などでは、20代と30代の9割以上がスマホを持ち、その大半はラインを使っている。年代が上がれば両方の率は下がっており、60代ではスマホ所有率が33%、ラインの利用者はその一部。裏返せば、高年齢層ほど「電話野郎率」は高いとみられる。

◆連絡も会議も文字で LINE執行役員・稲垣あゆみさん

稲垣あゆみさん

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 IT業界に長く勤めていることもあり、「ビジネスでは電話」という感覚はありません。基本的な連絡は主に無料通信アプリ「LINE」(ライン)などの文字によるメッセージ。大切なことをメールで送る程度です。若者の電話嫌いが指摘されますが、実際は会社の文化に大きく左右されると思います。

 電話は相手の状況を気にする連絡手段です。メッセージなら都合の良い時間に返信してもらえる。音声の方が伝えやすいときや議論をしたいときは電話を使いますが、まず「今からかけてもいいか」とメッセージで聞いてから。それなら文字で用件を伝えてしまう方が早い。

 顔を合わせる形の会議が正解とも思いません。意見を出し合い、集約する点では、ライングループでの議論とあまり変わらない。むしろ場所や時間を調整する手間が省けます。

 直接的なコミュニケーションの減少を問題視する見方もありますが、一方でラインのようなメッセージが人間関係を豊かにしている側面もあります。

 その一つがスタンプ機能。若い女性を中心に流行していた絵文字やデコメールと異なり、老若男女が使えるデザインが人気を呼びました。冷たくなりがちな文字のやりとりに表情豊かなキャラクターを添えることで、現実の関係が円滑になったという声を多く聞きます。スタンプに自分を投影し、気持ちを代弁してもらうのです。

 連絡手段が電話からメッセージに変化したという見方は、若い世代のコミュニケーションを捉えきれていません。例えば中高生や若いカップルには帰宅後、寝ている間もずっと通話状態にしておく人もいます。何を話すわけでもなく“つながっている”感覚を得る。今までの常識からは外れる通話の形です。

 文字によるコミュニケーションも繊細です。個人的にメッセージを送るのか、会員制交流サイト(SNS)で他の人も見える場所にコメントを残すのかでは意味合いが異なる。ラインの既読機能では、受信者が読むと送信者の画面にマークが付きますが、既読を付けた上で返信しないことも意味を持つのです。

 コミュニケーションが多様化していく中で、絶対的な手段はなく、常識も変化します。相手との関係性や環境を踏まえ、どれが適切か選択するスキルは、今後さらに重要になっていくでしょう。

 (聞き手・生津千里)

 <いながき・あゆみ> 1982年、東京都生まれ。2010年にネイバージャパン(現LINE)入社。ラインの開発当初から企画を担当し、15年に企画室室長。16年1月、最年少で執行役員に就任。

◆SNS、単純化に走る フリーライター・武田砂鉄さん

武田砂鉄さん

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 電話とメールの話は「どちらが失礼なのか」ではなく、単に「世代間のずれ」の問題ではないでしょうか。人は自分が思春期に使ったツールを重視するものです。いつの時代も大人は若者を、若者は大人を煙たがります。お互いを批判するのに、そのずれを持ち出すだけです。

 交信手段の主流がSNSになった今、問題は別にあります。ひとつは他者への寛容さを失いやすいこと。電話は居留守が使えるけれど、SNSで「既読スルー」(読んだのに無視)すれば、「なぜ反応しないのか」と不安にさせる。本来、発した瞬間に消える会話が画面に記録され続ける。ラインで揺さぶられた友情って、年間一千万件くらいあるのではと。

 上司のフェイスブックに「いいね!」しなきゃいけない人がいると聞きます。ただでさえ「組織に従順な人間であれ」との同調圧力が強い社会で、公私が曖昧になり、「公」が強まるなんて気が休まりません。

 スマートフォンって、常に心理的なプレッシャーをかけてきますよね。鳴らなくても「連絡が来る可能性」が続くから。

 もう一つは、「分かりやすさ第一」の風潮です。「電話をかけてくるな」と煩わしがる感覚に通じるかもしれませんが、「面倒かけるな」、つまり「手短に説明せよ」という要請が強まっている気がします。長い文章が読まれず、複雑な説明は嫌われる。すぐ要点をまとめたり、AかBかの二択に落とし込んでしまう。その風潮に、メディアも迎合していると感じます。

 AやBじゃなくてCという意見だってあり得る。フェイスブックの「いいね!」も、本来、百種類くらいないと自分の感情を的確に表現できないはず。SNSの普及と同時進行で、複雑さが排除されていきます。単純化すれば、そこには絶対、取りこぼされるものがある。

 日頃、豊かな会話だなと感じるのが、ファミリーレストランでの女性同士の会話。政治の話がパフェの話になり、彼氏の愚痴になる。脈絡がなく無駄なようで、個々の欲求が解消に向かっている。

 自分は、あえて不便さを残したいと思っています。どんな事象も瞬時に理解するのは難しいし、できると思うのは傲慢(ごうまん)です。ごつごつした違和感を抱え、自分なりに咀嚼(そしゃく)する。考えるためには、不便で無駄な時間が必要です。

 (聞き手・出田阿生)

 <たけだ・さてつ> 1982年、東京都生まれ。出版社勤務を経て2014年秋からフリーライターに。『紋切型社会−言葉で固まる現代を解きほぐす』でBunkamuraドゥマゴ文学賞。近著に『日本の気配』。

◆僕は「電話野郎」です フリーアナウンサー・佐々木正洋さん

佐々木正洋さん

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 僕が初めて電話を拒否されたのは息子です。十年以上前、突然「お父さん、もう電話してくるのやめてくれない? メールか何かにして」と。「え、なんで」とびっくりしました。

 大手広告代理店で管理職をしている友人が、部下に緊急連絡を電話でしたところ、その部下は「電話じゃなきゃ駄目ですか? メールで送ってくれませんか」と言ったそうです。友人は「電話じゃないと駄目だから電話したんだ」と言い返しました。その昔は「電話なんかじゃ駄目だ。会って話さないと」と言われたものです。コミュニケーションは表情、体の動きと声で成り立っていました。“間”もありました。

 僕はあるコラムで、自分は「電話野郎」ですと書きました。でも、相手の都合も考えています。このくらいの時間なら会議が終わって手が空いたかな、とか。そういう配慮をした上での電話なら問題ないでしょう。電話で話す方が相手に気持ちが伝わりやすいと思います。

 今はメール、ツイッター、フェイスブック、ラインなどコミュニケーションの手段があふれています。若い人にとってそれは当たり前にあるものだし、メールやSNSは確かに便利です。やりとりが記録として残るのも利点だと思います。ただ、気になるのがそこで使われている言葉です。メールやSNSは感覚的な言葉でほとんど終わっています。言葉が大事にされていないのです。

 いろいろな大学で教えてきて学生の話す能力がどんどん落ちていると感じます。大学にリポート用紙を取りに来た学生が「先生、リポート用紙」と言うんですよ。単語を並べるだけで、文章になっていない。メールやSNSばかりしていると、言葉が貧相になってしまいます。

 世の中は急速に変わっています。AI(人工知能)とかIoT(モノのインターネット)とか、全てのものがネットやコンピューターの世界になり、手応えがある確かなものがどんどん減少しています。

 行き着く先は、ロボット社会でしょう。人と人との関係はものすごく希薄になっていく。言葉でつながらないと何も残らなくなるかもしれません。言葉を大事にすることは人間を大事にすることです。そのツールの一つが電話だと思います。

 (聞き手・越智俊至)

 <ささき・まさひろ> 1954年、福岡県生まれ。慶応大卒。テレビ朝日アナウンサーを経て2012年からフリー。駒沢女子大講師。出身地である北九州市の観光大使も務めている。

 

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