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「1968年」−あれから半世紀

 一九六八年、日本は激しく揺れていた。各地の大学で学園紛争の火が燃え上がり、文化・芸術の世界では前衛の風が吹いた。半世紀が過ぎ、時代は移ろう。そして、今の若者たちは−。

 <学園紛争> 1960年代後半、各地の大学で起きた学生運動。ストライキ、バリケードによる学内施設の封鎖などが行われ、学生と機動隊の衝突も頻発した。東京大では安田講堂を学生たちが占拠。69年1月、機動隊が導入され、多くの学生が逮捕された。学生運動は世界各国で起こり「スチューデント・パワー」という言葉が生まれた。68年5月にフランスで起きた5月革命も当初は学生たちの運動だったが、労働者や農民が加わり、全土に拡大した。

◆「反乱」に至らぬ時代 元東京大全共闘本郷学生隊長・自然人類学者 島泰三さん

島泰三さん

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 一九六八年はどんな年だったかというと、米国では四月にキング牧師、六月にはロバート・ケネディ上院議員が暗殺され、ベトナム戦争は泥沼化していました。大学闘争はそういう世界情勢、時代背景の中で起きた出来事です。

 学生たちは、変わっていく世界のすべてに対して反対したかったのです。若者は親の世代も含めてあらゆる既存の体制に反対する。本当は自分たちも住んでいる世界と社会の文化的基盤を深く理解した上での反抗でなければ根源的なものにはなりません。しかし、若者はそこまで考えていなかったので、当面は明白な不正に対して反対したのです。

 その明白な不正が、東大の場合は医学部生の不当な処分、日大では多額の使途不明金でした。授業料値上げが問題になった大学も多くありました。それぞれの大学の学生たちが、捉えやすい明白な不正に対して声を上げたのが大学闘争の始まりです。間近にあった不正に反抗するという形をとりながら、自分たちの不安と世代的な不満を一気に爆発させた。人口増加時代の青年たちの「反乱」だったと考えています。

 私自身は、六八年六月に機動隊が東大構内に入った日、闘争に参加しようと決めました。学問の場に、機動隊という暴力装置が入ってくるとは考えたこともありませんでした。大学当局は学生を虫けらのように扱うのか。そういうことならこちらも容赦する理由はない。その結果は自分で引き受けようと覚悟したとき、すっきりした気持ちになりました。

 全共闘世代の人たちが、今も大変な問題が起こっているのに学生たちは何も動かないと憤ってみせることがありますが、それは老人のたわ言です。歴史と社会の枠の中から一歩も外に出ていないので、物事を客観的に判断することができないときに、前の世代として後の世代のふがいなさを慨嘆してみせているだけだと思います。

 日大の使途不明金問題では、会計担当の職員が自殺したとされました。そこから日大闘争が始まりました。今、森友学園の問題でも財務局職員が自殺したとされています。実は同じことが起こっているんです。しかし、社会問題として「反乱」にまで至るかどうか、それは時代背景によって違うのです。 

 (聞き手・越智俊至)

 <しま・たいぞう> 1946年、山口県生まれ。東京大在学中、安田講堂に立てこもり懲役2年。理学博士。自然人類学者。日本アイアイ・ファンド代表。著書に『安田講堂1968−1969』など。

◆「自分事」で政治語る モデル・女優 中川えりなさん

中川えりなさん

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 政治も愛もセックスも同じテーブルで話せるカルチャーイベント&マガジン「Making─Love Club」(MLC)を主宰しています。真正面から政治を語ると敬遠されてしまうので、身近なファッションやカルチャー、個人の人生観に潜む政治性に着目し、そこを起点に「他人事」ではなく「自分事」として想像できる政治の範囲を広げるイメージです。

 以前参加していたシールズでできなかったことをやりたくて昨年三月にMLCを始めました。シールズでは「自分の言葉」を伝えることに限界を感じていました。メディアで報道されるのはラップ調のコールばかり。政治に対する一人一人の思いを紡いだスピーチは取り上げてもらえず、メンバーと「私たち叫んでるイメージしかないね」と落胆したこともあります。

 でも、それぞれが孤独に思考し、判断した過程で生み出された言葉の秘める可能性には確信があった。枠組みを変えれば伝わると思ったんです。

 私が最初に政治について考えたのは、大学の神学部を受験すると決めた高三のとき。通った教会の神父さんが反原発など政治的な説教をされる方だったからです。以来、人間は不完全な存在だから、社会の問題に向き合わなければいけないと思うようになりました。これがベースにないと政治を自分のこととして考えるのは難しいですね。

 初めてデモに行ったのは十九歳の誕生日。安全保障関連法案が審議されていたときで、首相官邸近くで座り込みをしました。今で言うインスタ映えを意識した写真を載せたら、たくさんリツイートされて面白かったし、シールズの存在を知って「ダサい」「怖い」というデモのイメージが変わりました。

 MLCの参加者には「憲法九条って何?」みたいな人もいます。でも「政治について考えられてよかった」と言ってもらえることも。そういう人たちに響いているのはうれしいです。

 イベントに来てくれる人は、政治的な発言をすることに良い印象も悪い印象も抱いていない人が多いです。米英だと政治への関心自体は高いけど「こうすべきだ」というものが固定化されすぎて、人前で支持を表明できない隠れトランプもいる。固定観念がないということは、自分の言葉で語る上ではチャンスなのかもしれませんね。

 (聞き手・星野桃代)

 <なかがわ・えりな> 1996年、神奈川県生まれ。上智大神学部4年。Making−Love Clubのイベントを年4回開催。2017年に「東京ヴァンパイアホテル」で女優デビュー。

◆前衛の泡粒今もある エッセイスト・評論家 四方田犬彦さん

四方田犬彦さん

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 一九六八年から七二年の五年間、日本だけでなく全世界で同時多発的にいろんなことが起きました。米国ではキング牧師が殺され、黒人が行動を起こす。いろんな大学が学生に占拠される。ドイツでもそう。フランスでは五月革命。イタリアでは大規模なストライキが続く。パレスチナではアラファトがイスラエルに対する抵抗運動を初めて組織する。皆が一斉に立ち上がったのです。

 文化でもそうです。皆で示し合わせたわけでもないのに、いろんなジャンルで実験や前衛がぱーっと出てきた。日本では、みんなお金がなくて、ヘアヌードもだめな時代で、海外の情報もままならない中、何か新しいことをやろうとした。そして、英国で、フランスで、日本でそれぞれやっている実験が知らずに似ていたりしていた。それは、世界の文化が同時性の基に成立した歴史上初めての瞬間だったのです。

 そうした前衛的な実験を多くの資料も基に今によみがえらせる評論集『1968』シリーズ(筑摩選書)を企画し、現在刊行中です。あの時代を生きた世代の責任として、今の高校生や大学生、外国人の日本研究者に五十年前の文化状況を伝えたいと思ったからです。統計学者や社会学者は言うわけですよ。当時ビートルズを聴いていたのはクラスで二人ぐらいだった。だから、ビートルズブームなんてなかったと。そういう言い方で少数派のぶっ飛んでいるやつをつぶそうという動きへの反発もあります。

 あれから半世紀。「今でも前衛はあるのか」と聞かれます。「ないんじゃないか」と。いえいえ、絶対ある。あるはずなんです。私がサボって見ていない、メディアが取り上げていないだけで。それは見えにくい、残りにくいものだから。

 六八年を考えても、今の私たちは名作しか覚えていない。でも、その背後には泡粒のように何十、何百の試みがあったのです。前衛の目的は名作として歴史に残ることではなく、その場でぱっと時代を体現すること。消えちゃって良かった。だから、無名のままで消えてしまったものがいっぱいある。

 『1968』シリーズではそんな泡粒をできるだけ拾おうとしました。泡粒だけど絶対商品化されないもの、管理されないものを。実は、そういうものこそ、あの時代そのものだったのです。

 (聞き手・大森雅弥)

 <よもた・いぬひこ> 1953年、大阪府生まれ。文学、映画など多岐にわたる評論活動で著書は140冊を超える。編著者を務める『1968』シリーズは既刊2冊。最終巻の「漫画」編は来月刊。

 

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