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ナチ党台頭に学ぶ憲法改正 熊倉逸男・論説委員が聞く

 安倍晋三政権による日本国憲法改正の動きで、憲法九条をめぐる論議が活発化しているが、もう一方で問題なのが、緊急事態条項の追加。ドイツ近現代史が専門の石田勇治東京大大学院教授(60)は、ワイマール憲法下で緊急事態条項が乱用されナチ党を台頭させたと警告、戦後のドイツ基本法(憲法)は、その過ちを繰り返さない知恵に満ちていると指摘する。

◆緊急事態の乱用懸念 東京大教授・石田勇治さん

石田勇治さん

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 熊倉 当時、最も民主的といわれたワイマール憲法下で、なぜナチ党(国民社会主義ドイツ労働者党)が政権を取れたのでしょうか。

 石田 国政選挙でのナチ党の得票率はピーク時でも37%、ヒトラーが首相に就任した時は33%ですから、圧倒的多数だったわけではありません。三分の一しか票を取っていないのに政権につけたのは、時の大統領ヒンデンブルクがヒトラーを支える決心をしたからです。

 ワイマール共和国は議院内閣制をとっていましたが、憲法に緊急事態条項があり、大統領に非常大権(緊急措置権)を認めていました。米国発の世界恐慌の影響がドイツに及ぶ一九三〇年代初頭、政党間の対立は激化し、政府は国会に多数をもつことができなくなります。そこで乱用されたのが大統領緊急令です。これは法律同等として通用したので、国会無視の政治がまかり通ったのです。

 ナチ党が台頭したのはそんな状況でした。ヒンデンブルクは帝政派の人物で、民主的な憲法が好きではなかった。反憲法のヒトラーを利用して、国のあり方をつくりかえようと三三年一月、首相に任命しました。彼をコントロールできると思っていたのです。

 熊倉 ヒトラーはその機会をどう利用したのでしょうか。

 石田 首相となったヒトラーは、共産主義の撲滅と共和派の一掃に乗り出します。大統領を動かして国会を解散し、大統領緊急令を出させて野党の自由な選挙活動を不可能にしました。

 同年二月二十七日に国会議事堂炎上事件が起きると、これを共産主義者の陰謀と断定し、「国民と国家を防衛するための大統領緊急令」を公布させて共産党員らを拘束、憲法が定める国民の基本権を停止しました。

 この緊急令は一時的なものとされましたが、実際は四五年に連合軍が解除するまで効力を発揮しました。これでドイツは基本権保障のない国になり、ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の条件が出来上がりました。

 熊倉 そしてヒトラーは政権基盤を固めていくのですね。

 石田 政府の露骨な選挙介入にもかかわらず、三三年三月の国政選挙でナチ党は単独過半数を達成できませんでした。ドイツ人は皆ヒトラーのとりこになったわけではないのです。

 ヒトラーがどうしても手に入れたかったものは、国会の審議を経ずに自由に法律を制定できる授権法(全権委任法)でした。「国難除去」を図る強い政府の実現が狙いでした。

 国会議員の三分の二の出席と出席者の三分の二の賛成投票が必要でしたが、前述の大統領緊急令で共産党の国会議員を拘束して母数を減らし、議会運営規則を議決直前に変更して反対派の欠席戦術を封じ、無理やり制定させました。

 授権法が通ると、国会は立法機能を失い、ヒトラー政府は思いのまま政策を実行できるようになりました。これを、何も決められなかったワイマール時代と違って、決められる政治が実現したと歓迎した者は少なくなかったのです。

 熊倉 ヒトラーは人気を維持するため、経済や失業対策にも力を入れていたようですね。

 石田 はい。政権基盤拡大の鍵として失業対策を最重要課題と考えていました。公共事業を推し進め、若者の勤労奉仕制度を導入し、女性労働者を家庭へ戻し、夫婦共働きを禁じ、徴兵制を導入することで失業者を減らしました。

 前の政権の政策を大規模化しただけなのに、自分ひとりの手柄にしました。有名なアウトバーン(高速道路網)もヒトラーの考案物ではありません。ただそのように宣伝され、ヒトラー崇拝の一要素になりました。

 熊倉 戦後のドイツではナチ独裁を繰り返すまいとドイツ基本法を制定したのだと思いますが、日本国憲法改正論議では基本法がたびたび改正されていることが引き合いに出されます。

 石田 西ドイツは分断国家としてスタートしたので、基本法は初めから暫定憲法だといわれていました。憲法ではなく基本法と称したのは分断された現状を固定化したくなかったのと、将来の統一に向けての改定・補充を前提としていたからです。

 六十回改正しましたが、国の基本的な原理に触れるような変更はありません。実は基本法には「永久条項」といって、憲法改正を通しても変えられない条項があります。それは人間の尊厳の不可侵性や基本的人権、民主的かつ社会的連邦国家、立憲主義など、ナチ独裁の反省の上に立つ根本原則です。その上で、自由で民主主義的な憲法秩序を脅かす者への抵抗権を定めています。そういうことに触れずに改正数の多さだけを強調するのはいかがなものでしょうか。

 熊倉 一九六八年の基本法改正では緊急事態条項が盛り込まれました。どんな経緯、内容なのでしょうか。

 石田 緊急事態法制の整備は、西独が主権を回復する過程で西側三カ国と取り決めたことでした。緊急事態に対処する権限を米英仏に握られているという状態を早く終わらせたいという政府の意向がありました。

 西独では五〇年代に再軍備が進み、徴兵制も導入されました。東側陣営の武力介入に備えるために必要だとする声もあり、十年がかり、廃案と修正を繰り返す大論争の末、大連立政権下で盛り込まれました。

 熊倉 自民党の憲法改正草案でも緊急事態条項が盛り込まれています。独基本法の条項と何が違うのでしょうか。

 石田 ドイツの場合、主眼はヒトラーのような独裁者を二度と生み出すことのないよう、いかに緊急時であっても執行権の野放図な拡大を許さない仕組みがあるということです。

 緊急事態を事例ごとに詳しく区分し、国土への武力攻撃(防衛事態)の確認も、首相でも大統領でもなく、連邦議会が行います。切迫した場合の確認は、連邦議会と連邦参議院の議員による常設の合同委員会(四十八人)で行います。この合同委には法律を制定する権限がありますが、連邦議会の議決によって廃止することができます。合同委と連邦議会の間に緊張関係を設けることで、合同委による専横を防ぐことが狙いです。

 この仕組みは自民党の草案には見当たりません。外部からの武力攻撃であれ、自然災害であれ、緊急事態を確認するのは首相ひとりですし、内閣の発する政令は法律同等とされ、独裁的な国政運営が可能になります。

 熊倉 緊急時の基本権制限についてはどうなっていますか。

 石田 自民党草案では、「基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない」と努力目標が記されていますが、「侵害されてはならない」と書かれてはいません。ドイツの場合、緊急時に制限されうる権利はわずかながら明瞭に特定されており、為政者のさじ加減で停止・制限できる余地はありません。ドイツの場合、緊急時でも司法は機能しますが、日本はどうでしょうか。高度に政治的なことゆえに判断を避けるという統治行為論が障害になりそうです。

 熊倉 緊急事態条項は日本にも必要なのでしょうか。

 石田 戦争をしないのなら必要ありません。戦争には情報統制と国民の総動員態勢が不可欠でしょう。その実現には政府に権力を集中させる緊急事態条項が必要です。自民党のいう憲法九条の改定と緊急事態条項の再導入はセットであるとみるべきでしょう。いま再導入といったのは戦前の大日本帝国憲法にはあったからです。

 緊急事態条項は安心・安全のためといいますが、為政者にとって都合のいいもので、乱用される危険性は否定できません。発動されれば真っ先にマスメディアが狙われるでしょう。そんな事態にならないよう、緊急事態条項の恐ろしさについて、メディア関係の方は広く伝えてほしいと思います。

 <いしだ・ゆうじ> 1957年、京都府生まれ。東京大大学院で修士号、独マールブルク大で博士号取得。2005年から現職。著書に『過去の克服−ヒトラー後のドイツ』『ヒトラーとナチ・ドイツ』、共著に『ナチスの「手口」と緊急事態条項』など。 

 <ワイマール共和国> 第1次大戦に敗れ、帝政が倒れたドイツで、社会民主党などが樹立。かつて作家ゲーテが暮らした東部ワイマールで採択した憲法には、共和制、国民主権、連邦制が盛り込まれた。連合国への巨額の賠償などで大インフレーションに苦しんだ。現在のドイツの大統領はワイマール時代と違い、政治的実権を持たない。

 

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