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元号のある風景

 天皇陛下は来年四月三十日で退位され、五月一日から元号が変わる。新元号は今年半ばに公表される予定。「日本の伝統」「世代を包含する」「年数計算がややこしい」−。元号へのまなざしは多様だ。

 <新元号> 国民の理想としてふさわしい漢字2文字で、書きやすく読みやすく、との基準があるようだ。これまでに元号として使われたものは除かれ、「明治」以降のアルファベット頭文字「M・T・S・H」が頭文字にならないものになるという。

 中国の古典に由来する場合が多く、「平成」は『史記』五帝本紀の「内平外成(内平らかに外成る)」などから。「平成」の選定に関わった元内閣官房副長官の的場順三氏は本紙に昨年「1987年に識者から『平成』の案を聞いた」と述べている。

◆日本だけ続く不思議 歴史アイドル、「ぴんぴんころり」社長・小日向えりさん

小日向えりさん

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 実はぎりぎり昭和の生まれです(六十三年)。一月に生まれたので、平成の年数がそのまま年齢になって便利です。でも、平成生まれの人との間にはどーんと壁がそびえていると感じますね。平成生まれの子から「昭和? おばちゃんじゃん」みたいに言われて(笑い)。

 来年、その平成がなくなってしまう。寂しいですね。三十年一緒に年を取ってきたのですから。物心ついてから初めて体験する改元。空気を新しくしたいという意気込みみたいなものを感じます。天皇がかわるだけの意味じゃない。

 経済的には昭和は成長の時代で、平成は成熟の時代でしょうか。次の年号はどうか? 言えるのは、人々が目に見えないものを求めるようになってきたということ。心の豊かさが問われる時代になると思います。そのためには、歴史を学んでみたらどうでしょう。偉人たちが教えてくれます。いろんな人物がいるので、どの人に心を動かされたかで自分が何を大事に思っているのかを再認識できます。

 なぜ日本だけ元号が続いているのか、不思議です。権威と権力が分かれている天皇制だからでしょうか。権力を持つリーダーが代わっても天皇という権威はかわらない。元号はもともと、リーダーが時まで支配するということだったと思うんですが、日本では権力を持たない権威によって変わる。つまり、権力が支配できない余地を残している。一つに偏らず、権力が代わったら一緒に途絶えてしまうはずだった文化などが途絶えない。だから日本にだけ元号が残ったのかもしれません。

 今回、天皇陛下が生前退位を決意されたことには、あらためて日本社会の高齢化、日本人の人生の多様化を感じました。昨年夏、シニアを元気にすることを目的にした株式会社「ぴんぴんころり」を設立したのも、そういう時代認識から。定年制度はありますが、仕事をどういうふうに辞めるかは個人で決める時代になってくる。人生百年の時代、五十歳以降の人生後半戦の生き方を提案したいのです。

 今回の陛下のご決断は、自分で自分の引退時期、どのように辞めていくかを決めるという自己決定を先取りされていると感じます。命が尽きるまでやるというのはおかしい。長寿になった今だからこそ、いつまでやるかは自分で決めるべきですから。

 (聞き手・大森雅弥)

 <こひなた・えり> 1988年生まれ。奈良県出身。横浜国立大卒。歴ドル(歴史アイドル)の草分け的存在。信州上田観光大使、関ケ原観光大使などを務め、歴史の奥深さを世に広めている。

◆公文書は西暦も必要 作家、個人投資家・山本一郎さん

山本一郎さん

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 投資や調査業務をしていると、和暦が多数使われている官公庁向けの書類を活用することが多くあります。他国のデータと参照する必要があるため毎回和暦から西暦に直しながら作業したり、文書自体が和暦で作成されていると外国人が年代を間違えて把握したり、不便なだけでなくミスが増えてしまいます。便利さだけが暦ではないのですが、分かりやすさや合理性という視点だと、元号を使うメリットはないでしょう。

 せめて各種統計を扱う公文書に西暦を使うよう行政に提案したこともありますが、「引き継いできた伝統だから」「前例に乏しい」と言われ、議論する気は感じられません。情緒のある和暦は必要に応じて使いつつも、公文書や統計データ、各種届け出を西暦にしたほうが経済効率は格段に向上すると思います。海外のデータとの整合性もすぐに取れ、元号が変わるごとに独自のシステムに投資をする必要もなくなります。

 ブログでこのような意見を書いた時は賛否両論でした。ネット上ではいわゆる「ネトウヨ」的な天皇制と元号を結びつける議論も多く、感情的な反論も多く見られました。「保守論者は伝統を守るべきだ」という言葉もありました。確かに天皇制との関係も大切ですが、そもそもの「元号のあり方」は話題になっていません。天皇一代で一つの元号となったのは明治からであって、時代とともに国民の生活も考えも変容する以上、和暦も扱われ方が変わっていっていいと思うのです。

 「昭和らしさ」「平成らしさ」という言葉も世代の切り方の一つですが、昭和だけでも戦前、戦後、オイルショックなど節目がたくさんある。私たちの世代は団塊ジュニアや就職氷河期などと呼ばれましたし、元号よりリーマン・ショックや東日本大震災などの出来事が節目になる気がします。

 ただ、元号をなくそうというのも言い過ぎで、元号も日本文化固有の情緒があります。俳句や短歌で使われることはあるでしょう。教養や文化として残し、場面ごとに元号と西暦が必要に応じて選択できるようにすべきです。役所の提出書類など少なくとも生活に関わるところでは、西暦も併記してほしい。天皇陛下の退位が、元号に関する議論が始まるきっかけになればいいですね。

 (聞き手・杉野友輔)

 <やまもと・いちろう> 1973年、東京都生まれ、慶応大卒。情報法制研究所上席研究員。ネット掲示板「2ちゃんねる」の創設に関わる。著書に『けなす技術』『情報革命バブルの崩壊』など。

◆カジュアルな存在に 社会学者・鈴木洋仁さん

鈴木洋仁さん

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 最近、インターネットで新元号の予想合戦が盛り上がりました。特に笑いを誘っていたのが「元気モリモリご飯パワー」という命名です。首相が先日、「新元号は日本人の生活に深く根差すものに」と述べたので、「拉麺(ラーメン)」「残業」はどうか…とか。もちろん冗談ですが、ここまで元号がカジュアルになったんだと実感しました。

 今の日本のような元号制度は他国にはなく、そもそもは「皇帝が時間を支配する」として、紀元前一四〇年に中国で始まりました。日本では西暦六四五年の「大化」が最初。「平成」まで二百四十六回、元号が改められています。政治的な混乱や自然災害、慶事などさまざまな理由で改元されたからです。

 明治への改元とともに一人の天皇に一つの元号という「一世一元」が定められ、旧皇室典範でも規定されます。しかし、太平洋戦争後の皇室典範では元号の法的根拠はなくなります。それなのに戦後すぐ元号廃止について国会で議論されたのは、元号使用を「戦前回帰」ととらえた時代の空気を反映しています。その後、逆に「元号の存続を」と求める動きがあり、一九七九年に元号法が制定されました。

 「昭和一けた生まれ」というように、今の私たちは、元号を使ってその時代の政治や経済の体制、空気感を共有できるという感覚を持っています。でもそれは実態に即しているのか。実は戦後の日本社会が、元号を用いた時代のイメージづくりに大きく影響しているのではないか。その観点から研究しました。

 たとえば「大正デモクラシー」は、戦後につくられたイメージです。実際に憲法や議会など民主主義の基盤は明治期につくられ、大正はその延長線上にあっただけです。戦後、戦争に突入する昭和の一時期を「暗黒時代」ととらえたため、「大正期は、戦後民主主義と似た平和な時代だった」として一九五〇年代から使われ始めました。

 民主主義の申し子のような現天皇が即位してからの三十年で、「平成」の元号は、すでに特有のイメージすら持たなくなりました。次は譲位ということで、新元号の議論にもタブー感はありません。もはや、「元号使用は伝統的で、西暦だと進歩的」などと分けることに意味はないでしょう。元号が良くも悪くも権威を失ってカジュアルになり、廃止する動機もさほどない。それが現状なのだと思います。

 (聞き手・出田阿生)

 <すずき・ひろひと> 1980年、東京都生まれ。関西テレビ放送、ドワンゴ、国際交流基金、東京大特任助教を経て事業構想大学院大准教授。著書に『「元号」と戦後日本』『「平成」論』。

 

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