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考える広場

ポスト平成 10代が語る未来

 新しい年が始まった。少子高齢化が叫ばれている中で、十代のハツラツとした活躍が目立つ。将棋、卓球、野球、スケート…。あと一年余の「平成」の世に生まれ、育った十代は、どんな夢や希望を心に描き、どんな絶望の経験を持っているのだろう。二人に胸中を聞いた。

 <日本の10代> 総務省統計局によると、2017年12月1日現在の日本の総人口(概算値)は1億2670万人。このうち、10代は1143万人で総人口の9%にとどまる。10歳区切りで最多は、団塊ジュニアが含まれる40代の1890万人、14.9%。以下、60代(団塊世代が含まれる)、50代、30代、70代、20代、10代、0〜9歳、80代、90歳以上−の順で続く。少子高齢化が浮かび上がっている。

 <2017年の重大ニュース(本紙選定)>

 <国内> (1)天皇陛下、2019年4月末に退位(2)森友・加計問題(3)衆院選で与党勝利(4)神奈川県で9人の切断遺体(5)「共謀罪」法が成立

 <海外> (1)トランプ米大統領就任。米国第一主義(2)北朝鮮ミサイル発射(3)核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)にノーベル平和賞(4)欧米でテロ頻発(5)金正男氏毒殺

◆どんな時も光はある 作家・鈴木るりかさん

鈴木るりかさん

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 デビュー作の『さよなら、田中さん』は、貧しい母子家庭だけど、前向きに生きる小学六年の少女、花実(はなみ)ちゃんとお母さんを描いています。お母さんは底抜けに明るくてたくましく、花実ちゃんはお母さん思いの優しい子です。

 「花実」という名前は、「死んで花実が咲くものか」という言葉にちなんでいます。「死んだら元も子もない、とにかく生きろ」という意味です。苦しい状況でも生きてさえいれば、いつか立ち上がるチャンスや希望を見つけられるという思いが込められています。

 日々のニュースを見ていると、生きることは当たり前のことではないと感じます。昨年、小六の女の子が自宅の二階から飛び降り自殺を試みたのではないかというニュースがありました。大人は恐らく、「どうしてたった十二歳で」と思うかもしれませんが、まだ死の重さを十分に理解できていない年齢の子どもほど、生と死の境を何かの拍子に簡単に踏み越えてしまうのではないかと思います。

 本の中でも受験に失敗し、母親に冷たい言葉を浴びせられた「三上くん」が「死にたいんじゃない。ただ終わらせたいだけ」と思い詰め、橋の上から飛び降りようとする場面があります。ニュースで見た女の子も、何かを終わらせたいと思った結果、自殺を選んでしまったのかもしれません。子どもだからこそ、苦しみを終わらせる手段として、簡単に死を選んでしまう気がします。私も気持ちが分からないわけではありません。

 けれども、私が小説を通じて伝えたいのは、「生きなければいけない」「絶望的な状況でも、生きていればどこかに救いはある」ということです。私自身がこういう考えを持ったのは、祖父の影響があると思います。作中で自殺を考えた三上くんに、花実ちゃんのお母さんが言う「死にたいくらい悲しいことがあったら、とりあえずメシを食え」とか、「どんな時でも光はある」という言葉は、祖父からもらった言葉です。生きることの大切さを、祖父はいつも私に教えてくれました。

 若者にとって希望のない社会だといわれますが、あまり悲観はしていません。自殺者の人数などを見ると、今の世の中は絶望の方が多いようにも思えます。でも、踏ん張って生きている人もたくさんいます。生きていること、それ自体が実は、未来への希望を捨てていない証拠なのではないでしょうか。

 希望あふれる社会というのは理想ですが、ちょっと漠然としています。本の中に「その人なりの希望があるから生きていけるんじゃないかな」というせりふがあるんですけど、私自身、希望ってとても個人的なものだと思います。社会全体で共通の目標となる希望があるわけじゃなくて、個々人の生活の中でそれぞれ見つけるものだと。

 今の私は、本を読んだり、書いたりするときが、一番楽しく前向きになれる時間です。本は、生きる力を与えてくれる存在。私にとっては、本が希望を与えてくれるものです。一人では、考えとか意識を変えることは難しいですが、文学や音楽、映画などの芸術や、スポーツは私たちにパワーをくれて、考え方を前向きにしてくれます。

 だから、自分の作品が、読者の皆さんに、希望の光を感じてもらえるものでありたいと、作家として考えています。もちろん、光を感じるには、闇の部分も描かなくてはいけません。『さよなら、田中さん』では、貧困、引きこもり、受験戦争などの社会問題に触れました。闇の部分にも向き合いながら、生と死をテーマに小説を書いていくつもりです。

 (聞き手・高野正憲)

 <すずき・るりか> 2003年、東京都生まれ。中学2年生。小学生対象の「12歳の文学賞」で、13年から史上初となる3年連続の大賞。昨年10月『さよなら、田中さん』(小学館)で作家デビュー。

◆年齢なんて意味ない 歌手・ぼくのりりっくのぼうよみさん

ぼくのりりっくのぼうよみさん

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 自分が十代であることを宣伝の道具にしてきてなんなんですけど、「十代なのにすごい」とか実はなんとも思っていなくて。同じ世代でくくることは無意味だと感じます。僕は同世代の人がどう考えているかはよく分からないですし。

 ひと昔前はテレビや雑誌などの選択肢が今ほど多くなかったと聞きます。自分がその時代に生きていたわけじゃないし、比べることはできませんが。今は音楽も趣味も多様化している。同じ世代でも「個体差」があると思うんです。一方、世代が違っても共通の価値観を持っているケースが増えているんじゃないでしょうか。十代と七十代の人が同じ音楽を聴いている−というように。

 僕は中学一年生のときに入ったバスケ部を一日でやめて、「暇だし歌うかー」ぐらいの気持ちで音楽を始めました。初めは動画投稿サイトに自分の歌声をアップしていました。

 曲を作り始めたのは高校一年生のとき。今は高価な楽器や機材をそろえなくてもパソコンやスマートフォンで簡単に曲を作ることができ、音源も安く買えるようになりました。インターネットで誰でも発信できて、プロとアマチュアで比べる意味はなくなってきています。文字が読めて曲を作る能力さえあれば年齢なんてもっと関係ないと思います。ラップで歌い始めたばかりの二、三曲はまだ技術がなく、自作の歌詞(リリック)を棒読みしてしまっていた、というのが今の芸名の由来です。

 高校三年生でメジャーデビューしました。進学しても音楽を続けている一番の理由は、楽しいからですかね。僕は「自分をなくしたい」と思いながら音楽を作っています。十九歳の男子大学生という生身の自分に言及されて、分かった気で語られるのが嫌なんです。作り手の存在を感じさせずに、曲そのものを聴いてもらいたい。小説や漫画なら「作者はおっさんだ」なんて思わずに登場人物の女の子にでも感情移入できると思います。歌は声を伴うから、聴く側は歌い手の気持ちや環境を意識しがちなのかな。

 昨年十一月に出した三枚目のアルバムの「罠(わな)」という曲は、不倫している女性の心情を歌った曲です。僕は女性でもないし不倫しているわけでもありません。ただそういう曲を作りたかっただけなのです。根底にあるのは、音楽として良いものを提供したいという思いです。

 年代などでくくられることから解き放たれたいと思いながらも、僕自身は物語に支配されてしまっていることを自覚しています。小説や映画など見聞きしてきたものから得た「世の中は甘くない」「苦労なくして成功はない」といった物語や通説に縛られています。別に今、アーティストとして売れているという実感はないですが、「将来僕は絶対不幸になる」という呪いのような感覚はありますよ。

 そこから解放されるには、成功体験を積み重ねていくしかないんでしょうね。僕は自分自身がすごいとは全く思っていません。ただ、自分が作った音楽が優れているという自負はあります。僕一人ではなく、僕の好きな人たちと力を合わせて作った作品です。

 突き詰めて考えると、人間って皆平等なんだと思います。たとえば年収が高い人は金を稼ぐという特定のゲームがうまいだけだし、根本的には皆あまり変わらないんです。だから「歌がうまい」とか、個人への評価にはあまり意味を感じません。ただ作りたい音楽を世に出していくだけです。エッセーや小説も書いているので、いろんな形で楽しみながら作っていけたら幸せですね。

 (聞き手・白井春菜)

 1998年、神奈川県生まれ。大学生。高校2年生で国内最大級の10代向けオーディションで最終選考に残る。2015年、メジャーデビュー。昨年11月、アルバム「Fruits Decaying」を発売。

 

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