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考える広場

二重国籍が問うもの

 民進党元代表・蓮舫議員の二重国籍騒ぎで、日本人の国籍への考え方がクローズアップされた。難民問題が国際問題になり、日本の国際化も進む中で、二重国籍問題を含めて「日本人ファースト」の空気感が国内で強くなっていないだろうか。三人に聞いた。

 <蓮舫議員の二重国籍騒ぎ> 昨年9月の党代表選の際、17歳の時に放棄したと述べていた台湾籍が残っていることが判明。翌月、日本国籍を選択したと口頭で説明した。

 今夏、東京都議選での敗因を「国籍問題の説明が不十分だった」と党内から指摘され、自身の戸籍謄本などを公開。「戸籍は本来、公開すべきではないが、野党第1党の代表として発言の信頼が揺らいではいけない」と説明し、9日後に代表を辞任した。

◆ポジティブに考えて 書評家・アイドル・西田藍さん

西田藍さん

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 私は父親が米国人、母が日本人のいわゆるハーフです。その経験からいうと、日本人であるかどうかは、その人間がどれだけ日本の社会、文化に根付いてきたかより、日本人ぽいかどうかという見た目で決められてしまうところがあるんですね。

 実は、私自身がそういう見方をしていました。母が日本人なので、生まれた時から日本国籍。ずっと日本にいて、母語は日本語。父親から英語で話し掛けられても「意味分かんない」と思うほど。日本人であることに疑問を持たずに育ちました。それが幼稚園で自分の姿を鏡で見た時、自分だけ違って「あれ、変」って、びっくりしたんです。みんなと同じ普通がいい、父が外国人なのは嫌だと思うようになってしまった。

 そういう意味では私は人一倍、日本人だった。そんな私なのに見た目で「外人」と言われてしまう。日本人って何?と思いますよね。だから、蓮舫さんへの攻撃には、本当に恐怖を感じました。私も日本人であることを証明せよって言われるかもって。そのうち三代、四代さかのぼってでも日本人かどうかを探るかもしれない。それで日本人ではないとなれば、「仲間じゃないから、あっちへ行けよ」になり、どんどん恐ろしい社会になっていくかもしれない。

 国籍についてもいろいろ思います。国籍は、それに付随して政治にどう関わるか、税負担をどうするかなどが出てきますが、海外在住の日本人もいれば、日本にずっと住む外国人もいるように、国籍とそれらは百パーセント連動するものではないはず。それなのに、国籍≒人種≒市民としての全て、みたいなままでいくのは、これからの社会では現実的じゃないのでは。

 ノーベル文学賞に決まった英国人のカズオ・イシグロさんは、日本の法律で国籍を選ばざるを得なくなるまでは日本人でもあったんですね。あるインタビューで、好きで英国籍を選んだのではなく、英国で活動する実務上の選択だったと話しておられます。彼の頭の中には日本があり、日本国籍を捨てたくはなかった。そういう選択を迫った国がこうなったら自分の国の人みたいに言うのはどうなんだろうと思います。なぜ彼を「英国人だが、日本人でもある」と認められないのか。そういう観点で多重国籍をポジティブに考えてほしいんです。

 (聞き手・大森雅弥)

 <にしだ・あい> 1991年、熊本県生まれ。2012年、「ミスiD」に選ばれデビュー。「S−Fマガジン」で連載中。情報はツイッター(アカウントは「@iCharlotteblue」)で。

◆多様性を認める時期 名城大教授・近藤敦さん

近藤敦さん

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 蓮舫氏の国籍問題は、台湾は国ではありませんから、どうして問題になったのか今でもふに落ちません。まあ日本は多様性に不寛容な国だというメッセージにはなりました。

 複数国籍の人が増えているのは、人の移動と国際結婚が原因です。人の移動でいえば、日本は戦前から戦後しばらくの間、外に人を送り出す国でした。その場合の国籍基準は生地主義ではなく血統主義が合いました。国外にいても日本との結びつきが確認できるからです。しかし、人を受け入れる国は血統主義だけではやっていけません。国内で生まれた移民の子どもたちを統合する必要があるからです。ドイツなど欧州大陸の国はどちらかといえば血統主義ですが、生地主義や居住主義の要素を入れざるを得なくなっています。ところが日本は人を受け入れる国になっても血統主義を維持しようとしています。

 国際結婚については、一九七九年に国連で採択された女性差別撤廃条約が影響を与えました。父系血統主義は男女平等に反するとされ、加盟国は父母両系血統主義に変わりました。日本も八四年に両系に移行。国際結婚で複数国籍を持つ人が増えることが予想されたため、国籍選択制度を新設したり、国籍留保制度を拡張したりして単一国籍を維持しようとしました。

 六〇年代からの高度経済成長により人の国際移動が本格化する前の三〇年代の国際条約では単一国籍が望ましいとされ、日本は今もその発想ですが、欧州は九七年に複数国籍を認める条約を結んでいます。複数国籍は国際的に活動する人や企業にとってもプラスです。いちいちビザを取らなくていいからです。日本が外国人労働者を受け入れないというならそれはそれでいいですが、現実には実習生といいつつ労働者として使うというゆがんだ移民政策を行っているのは問題です。

 複数国籍に否定的な人たちの中には日本人はピュアであるべきだという単一民族神話が根強くあるようです。しかし、江戸時代に戻るわけにもいきません。二十一世紀は多様性の時代です。それは陸上男子100メートルの選手たちを見れば一目瞭然でしょう。国民も多文化化し、多様になってきています。そういう時代に生きる私たちにとって、国籍の多様性を正面から認める時期が来ているのではないでしょうか。

 (聞き手・大森雅弥)

 <こんどう・あつし> 1960年、愛知県生まれ。名城大大学院法学研究科長・法学部長。専門は憲法、移民政策。『外国人の人権と市民権』『外国人参政権と国籍』『人権法』など著書多数。

◆皆が平等な社会 前提 作家・星野智幸さん

星野智幸さん

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 国籍の問題って、どうやって外国にルーツのある人たちがきちんと生きていける社会をつくるかという問題だと思うんですよね。民進党の蓮舫元代表の騒動ではスパイだのなんだの、二重国籍者を排除する理論が飛び交い、違和感がありました。

 僕は米国で生まれて、二歳半のときから日本で暮らしています。米国籍をそのまま保持していれば二重国籍ということになる。日本政府は二重国籍かどうかの調査なんてしません。民族の移動がこれだけ激しい中、複数の国籍を持つことを認める流れが世界の趨勢(すうせい)です。政府は事実上、黙認するという方針を取っているわけです。

 国籍は人格に大きな影響を与えますよね。僕の場合、小学生のときに外国から来た子が変に注目を集めたり、いじめに遭ったり。それで「自分の出生地は隠しておかなくてはいけない」って気持ちが強くありました。

 出生地を言うことはネガティブな話じゃない。それを隠さなきゃいけないと思ったことは、僕の人生に影であり光を与えたんだと思います。小説を書いているのも無縁とは言えません。

 二〇〇〇年に発表した「目覚めよと人魚は歌う」は、ルーツが二つある人間のアイデンティティーの問題を扱った小説。日系ブラジル人の不良グループと地元の暴走グループが抗争になって、無関係の少年が殺された実際の事件をモデルにしました。背景をたどると、日系ブラジル人が社会から孤立したが故に子どもたちが不良化していくしかなかった面が見えてきた。

 ブラジル人やペルー人らが日本に大勢入ってきた当時は、いろんな人種や民族が混交しているラテン的な社会が日本に持ち込まれて、もっと風通しがよくなるかなって期待していたんです。でも、実際は日本のコミュニティーは受け入れず、孤立させ追い詰めていった。

 非常に憤りを感じました。「日本で働きましょう」と招いておいて、十分な日本語教育も受けさせないで放置する。人間のすることかと。社会の体質はいまだに変わっていないどころか、むしろ悪化していますよね。

 同じ社会で生きている以上、国籍が何であれ、同じ権利を持って、平等に生きられるようにするべきです。その前提がなくては、国籍の議論は上滑りしたものにしかならないと思います。

 (聞き手・小佐野慧太)

 <ほしの・ともゆき> 1965年、米国ロサンゼルス生まれ。新聞社勤務後、メキシコに留学。2000年「目覚めよと人魚は歌う」で三島由紀夫賞、15年「夜は終わらない」で読売文学賞を受賞。

 

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