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現場目線の働き方改革 久原穏・論説委員が聞く

 政府が主導する働き方改革の関連法案は、九月末に召集予定の臨時国会で与野党の激しい攻防が予想されます。しかし、何より大事なのは現場で働く人の目線による改革です。愛され、使い続けられるかばん作りのため、職人とこだわりの働き方をする京都の老舗帆布(はんぷ)かばんの一澤信三郎社長と、望ましい働き方改革について考えました。

◆格差つけて何になる 帆布かばん会社社長・一澤信三郎さん

一澤信三郎さん

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 久原 安倍政権の成長戦略の一つ、一億総活躍社会の中で「働き方改革」が取り上げられた時、すぐに頭に浮かんだのが一澤信三郎帆布の経営モットーでした。政府による改革案が取り沙汰されましたが、一澤さんはもうすでにお手本のような働き方、筋の通った経営をしていたのを思い出したからです。

 一澤 確かに世間で問題となっているような長時間労働とか非正規労働といったものとは無縁です。昔ながらのやり方といいますか、職人が丁寧に手作りしたものを目の届く範囲で、つまり京都の店だけで売る。しっかりと責任を持てる仕事をするということで何も特別なことをしているわけではありません。

 久原 しかし、その当たり前のようなやり方ができなくなっている。グローバル化で安い労働力の国々と対抗しなければならない、人口減少で需要は落ち込むし、人手不足が顕在化している。だから人的コストをギリギリまで削ろうと、人を減らし、長時間労働させ、非正規に置き換えるなど働く人にしわ寄せがいっている。

 そこで働き方改革が叫ばれているわけですが、それなら働き方改革よりも、経営のあり方を改めるべきです。一澤さんのような経営なら働き方改革も必要ありませんから。まず社員の現状について教えてください。

 一澤 職人が約七十人と販売担当が約十人。基本的に非正規はいません。ただ、本人の都合でどうしても短時間しか働けないという準社員は数人います。非正規は私たちの信条にあいません。同じ仕事をしているのに給与や待遇が違うなんて、そんな不自然なこと、理不尽なことがありますか。それで職場がうまくいくのでしょうか。

 たまたま正社員で入った人とそうでない人と、そんなことで格差をつけて何になるのか。早く格差とか貧困という言葉が消えてほしい。もっといえば、平等にチャンスがないといけません。子どもは親を選べないし、(就職氷河期など)生まれる年も選べないのです。

 久原 働き方改革では、正規と非正規の格差を縮めるための同一労働同一賃金が柱の一つですが、それは非正規の存在を前提とするものです。安倍首相は「非正規を一掃する」と言っていたはずなのにおかしいですよね。女性や高齢者の働き方はいかがですか。

 一澤 出産や子育て後に職場に戻ってくる人もいます。時間を短縮して働いてもらっているが、一度経験を積めば自転車と同じで体が覚えているので助かる。定年もありません。年を取ったからといって、こちらから退職を勧めたことはないし、気力、体力があるうちは「(仕事を)続けたら」と言っている。最高齢は七十三、四歳、一時は八十歳すぎまでいました。

 久原 働き方改革は、六十五歳以上の継続雇用や定年延長の支援を進めているが、もう、すでに実践しているわけですね。

 仕事はどうやって覚えさせるのですか。従来、日本では仕事に必要な知識や技術の習得は、長期雇用を前提とした企業内教育に依存してきましたが、非正規の増加で揺らいでいるのが問題となっています。

 一澤 大きな会社みたいに、いろんな部署を回すとか、徐々に研修するとか、経営理念を覚えさせるとかはしません。

 まず店頭に出て商品や特徴を覚えてもらう。うちは製造直売だから職人と販売担当の壁は低い。製造から販売に行きたいと言う人もいれば、逆もある。

 百貨店の催事出店には販売担当と職人が半々で行き、お客さんから質問も受ける。それが製品作りでとても勉強になる。

 以前、ホームセンターに勤めていた者がいます。お客からクレームがきても製造過程を知らないから答えようがない。それで作るところから関わってみたいとうちに来たのです。

 マニュアル頼みではだめです。自分で考え知恵と工夫で仕事の段取りを決めた方がいい。

 久原 一澤帆布の相続問題を題材にした池井戸潤さんの短編小説「かばん屋の相続」の中に、こんなセリフが登場しますね。

 「松田かばんが作ってきたものは、喩(たと)えるなら高級車のフェラーリだ。そのフェラーリが、値段も性能もそこそこの大衆車を作るって話だよ。フェラーリは高性能で目玉が飛び出るぐらい高い車だから売れるんだ。そんな会社が安い車をバンバン作り始めたら、今までの客だって離れていくだろう。築いてきたブランドをドブに捨てるようなものじゃないか」−喩えは少々飛躍しすぎの感がありますが、信三郎さんの経営のこだわりを端的に表しているようです。

 一澤 うちは京都で作り、基本的に京都でしか売りません。流通経費が要らない分、いい素材を使い、うちの独創性や専門性、特徴を生かした、いい仕事ができると思っている。

 下請けとか関連会社とか外国に委託すれば大量に作れるが、うちと同じものができるかといったらどうか。それぞれで利益を出さないといけないので帆布の質を落としたり、作り方がいいかげんになるかもしれない。

 目に見えないところほど手間ひまをかけないといけない。それが、長く使っている間に違いが出てくるのです。

 うちは一度に二十個ぐらいしか作れないから、値札を付けるときに間違いが見つかれば「間違っているぞ」と叫べばいい。声の届く範囲に人がいるから、それで軌道修正できる。しかし、ベトナムとかカンボジアで大量に作って日本で間違いに気付いたら大変。「一澤帆布」「信三郎帆布」のタグを縫い付けているのは、ブランドを誇示するのではなく製造責任をはっきりさせるということなのです。

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 久原 やはり働き方改革というより、まずは経営のあり方こそが重要だ。デフレが長期化する中で、価格競争や薄利多売に走る安易な経営がありますが。

 一澤 安売り競争にはまったら自分の首を絞める。ものの値打ちと価格が合うのが大事だと思っている。値段だけ高くて何だこれってものではなく、量産ものの安っぽいものでも、希少性が高く金庫に入れておかなければならない芸術作品みたいなものでもない。

 飽きのこないもので末永く使ってもらえ、使っていく中で納得してもらう値段で売る。天然繊維だから年月とともに、使い込むほどに良い味になって、修理に返ってくるようなもの、うちはこんなやり方しかないと思っている。

 久原 昔からこのやり方か。

 一澤 無理して競争しなくてもいいと父親も言っていた。たくさん稼いでも人の十倍飯を食べられるわけではない(笑い)。見る人が見たらわかってもらえるものを作っていくだけです。

 <いちざわ・しんざぶろう> 1949年、京都府生まれ。同志社大卒。大手新聞社で営業職を10年間務めた後、家業の一澤帆布店に入る。父親の3代目店主が死去した後、銀行員だった長兄と相続をめぐるトラブル(最終的に信三郎氏側の勝訴)になったのを機に2006年、一澤信三郎帆布を設立した。

 <働き方改革> 安倍政権の経済政策アベノミクスの新三本の矢で目指している「一億総活躍社会」のための中心施策。2016年秋から政労使代表らが半年間、検討して実行計画をまとめた=別表参照。長時間労働の是正と、正規・非正規の格差縮小を目指す同一労働同一賃金の導入が柱で、日本経済の課題である労働生産性の向上も目指している。 

 

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