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菊とアトム 今、核兵器にどう向き合うか

 七十二年前のあす六日、広島に原爆が投下された。九日は長崎。先月、「ヒバクシャの苦しみ」という文言が入った核兵器禁止条約が国連で採択されたが、日本は署名していない。「日本と核」を三人に聞いた。

 <核兵器禁止条約> 国連で7月7日、賛成122、反対1、棄権1で採択された。「核兵器使用による被害者(hibakusha)の受け入れがたい苦しみに留意」と前文に「ヒバクシャ」が盛り込まれ、「核兵器の開発や実験、製造、保有、使用を禁止」などの内容。

 核保有国の米国、英国、フランス、ロシア、中国などは交渉に参加せず、唯一の被爆国日本も「核保有国と非保有国の対立を深める」との理由で「署名しない」という姿勢を示している。

◆遺品で伝える「広島」 写真家・石内都さん

石内都さん

写真

 二〇〇七年から毎年、広島に通って被爆者の遺品を撮っています。それまで広島に行ったことがありませんでした。土門拳から始まって多くの写真家が撮り尽くした感がある広島を撮ることは一生ないだろうと。

 ところが、母の遺品を撮った「Mother’s」の写真展を見たある編集者から「広島を撮りませんか」と声を掛けられた。とりあえず一回行ってみたら、原爆ドームが想像していたよりちっちゃくて、かわいくて。私が思っていた広島というのはある種の固定概念だったのではないか、これなら撮れるかもしれないと思いました。

 遺品を見てびっくりしたのは、色が残っていて、デザインは格好いいし、すごくおしゃれなの。もんぺをはいて、暗い色の服だと思っていたのに、全然そうじゃない。あの時、私が広島にいたら、私の物だったかもしれないと思って、すごくいとおしくなりました。考えてみれば、いつの時代でも、どの街でも若い女の子はおしゃれしたいわけですよ。ただ、広島だけはそういうふうなイメージを持ってはいけないと思わされてきた。

 遺品とは何か。あの時から今に至る時間の塊なんですよ。普段は折り畳まれ、白い紙に包まれ、こぢんまりとある。私はそれを広げて、自然光の下できれいに整えてあげる。そうやって時間を解放してあげるんです。

 広島に行って分かったのは、広島、長崎といっても、しょせんはよそごと、人ごとなんですよ。私だって、全くリアリティーなかったもの。広島で被爆者とお話しして、一言も言えずにただ聞くだけだったけど、結局、その人の痛みは分からないって思った。変に分かったふりしちゃいけないって。そんな経験を積んだから撮れるんですよ。

 日本が核兵器禁止条約の採択を欠席したり、日本人から核武装論が出たり。人間は歴史に学ばないんだなと思います。そういう意味で諦観みたいなものは感じる。広島、長崎を繰り返しちゃいけないというのは確かなんだけど、それは一種の形でしかない。正義とか平和に対する姿勢でしかなくて、いつでも崩れてしまうものなんでしょう。

 でも私は諦めているわけじゃない。私は個人的に広島を表現していくことしかできないけど、ちょっと立ち止まって私の写真を見て、自分の言葉で考えてくれるといいかなと思っています。

 (聞き手・大森雅弥)

 <いしうち・みやこ> 1947年、群馬県生まれ、神奈川県横須賀市育ち。写真集『yokohama互楽荘』(蒼穹舎)が近刊予定。12月9日から横浜美術館で個展「石内都 肌理(きめ)と写真」。

◆禁止条約 廃絶に効力 NGOピースボート共同代表・川崎哲さん

川崎哲さん

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 核兵器禁止条約が国連で採択されたとき、私も議場にいて周りの人たちと抱き合いました。核兵器の時代の終わりの始まりと言っていいと思います。

 条約は国際人道法に基づいて、核兵器は非人道的なので包括的、全面的に禁止するというものです。「実効性がない」と言う人もいますが、私は違うと思う。確かに短期的に核保有国がこの条約に入る見通しがあるかといえば、それはないでしょう。しかし、百カ国を超すような国々が入る条約ができたら、それ以外の国にも事実上の拘束力を持つんです。

 核保有国や核を持とうとする国は、政治的、経済的、社会的圧力を受けることになるでしょう。ある国が核兵器を使用したら、この条約によって国際人道法違反だと断ぜられる可能性があります。使ったとたん首脳が戦争犯罪人として処罰されてしまうような兵器が本当に必要なのか、再考を迫ることになる。

 経済面から言えば、そんな使えない兵器を国家予算で維持、管理、更新することが今後も世論に認められるのか、はなはだ疑わしいですよね。さらに宗教指導者をはじめとする人たちが「核兵器は悪だ」と声を上げる支えになって、核開発の動きを抑制する社会的圧力が強まるでしょう。条約は軍縮を進め、不拡散を強め、核廃絶への道を進めるテコになると思うんです。

 唯一の戦争被爆国である日本が、条約交渉に参加しなかったことは非常に残念でした。条約は第一条にさまざまな禁止事項が書かれています。シンプルに言えば、核兵器を作らない、持たない、使わない、他国の核を持ち込まない、これらを援助・奨励しない−という内容です。

 日本は米国の核の傘に守られているといわれます。その本質は、日本は米国による核の使用を援助・奨励するということにほかならない。条約交渉は終わり、核兵器禁止条約が私たちに示されました。核兵器の使用をいかなる意味でも日本は援助・奨励しないと約束しきるのか、あるいは援助・奨励してもいいのか、ここを議論すべきです。

 仮に署名・批准しないという判断をしても、条約に基づく締約国会議には非締約国もオブザーバー参加ができると明記されています。北朝鮮の非核化に資する条約になるよう協議に参加していくことは、日本の国益にもかなう選択だと言えます。

 (聞き手・小佐野慧太)

 <かわさき・あきら> 1968年、東京都生まれ。NGOピースボート共同代表。2008年から広島・長崎の被爆者と船で世界を巡る。著書に『核兵器を禁止する』(岩波ブックレット)など。

◆米国屈従でいいのか 評論家・西部邁さん

西部邁さん

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 僕は日本も核武装が必要と考えます。北朝鮮などへの対抗措置という単なる防衛論ではありません。日本の独立、自立のために必要という意味です。米国との摩擦は避けるべきですが、このままずっと米国に屈従していていいのか、自尊心はないのかと言いたい。

 そもそも平和とは何か? 最低限、戦争がない状態です。それにはどうしたらいいでしょうか。一つは、強い国にひたすら屈服すること。もう一つは、こちらが防衛の準備をすること。日本は敗戦後、前者を選び、実質、米国の保護領としてやってきました。

 その判断の根底には、米国の「核の傘」に対する信頼があります。でも、この傘はとうの昔に破れ傘になっている。北朝鮮のような国が大陸間弾道ミサイル(ICBM)や潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の発射を可能にすれば、米国は日本を守れません。

 核拡散防止条約(NPT)も破れています。条約は核保有国に対して核軍縮に励むことを義務付けていますが、オバマ政権は核兵器の性能強化のために30%も核予算を増やしました。NPTには脱退を認める条項もある。北朝鮮は脱退した上で核開発をしており、国際法上は何ら問題がないことになります。

 核の問題の根底には、人類の文明が抱える大問題があるのです。仮に世界中の核兵器が廃絶されるとします。実はその瞬間が最も恐ろしい。核の知識そのものは消えないからです。どこかの国や集団が核武装したら、世界の覇権を握ることになる。広島、長崎の悲劇を二度とやらせないと思うのは正しい。問題はやらせないにはどうすればいいか。文明の不可逆性を無視して「核をやめましょう」と言うのはあまりに能天気です。

 欧州のように文化的同質性があれば相互了解に達し得るので核武装は必要ないでしょう。しかし、日本のように近隣の国々と共有するものが少なく、世界で最も侵略的な米国の保護領と化している国は核武装もやむを得ない。その代わり、僕は憲法に核兵器の先制攻撃はしないと明記することを提案しています。ガンジーは非暴力、不服従という、ある意味、人間を超えたところで自立を目指しました。僕の提案は、核武装はするが、先に攻撃されてもいいという構えを取ること。その意味で僕はガンジー主義者なのです。

 (聞き手・大森雅弥)

 <にしべ・すすむ> 1939年、北海道生まれ。雑誌「表現者」顧問。著書に『核武装論』『大衆への反逆』『経済倫理学序説』など。近著に『ファシスタたらんとした者』(中央公論新社)。

 

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