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2期目迎える習近平時代の中国 加藤直人・論説委員が聞く

 中国の習近平国家主席は反腐敗闘争を利用し政権基盤を固めましたが、強権政治による息苦しい社会が生まれています。今秋、国交正常化四十五周年の節目を迎える日中関係は冷え込んだままです。習氏を地方指導者のころから研究してきた鈴木隆・愛知県立大准教授に、習時代の中国の将来像や日中関係改善の知恵を聞きました。

◆多角的な対中政策を 愛知県立大准教授・鈴木隆さん

鈴木隆さん

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 加藤 習近平氏は今秋、二期目を迎えます。政権基盤を固めた習氏の共産党や国家統治に対する原点の思想はどのようなものであると考えますか。

 鈴木 習氏の地方時代からの一貫している主張は、共産党一党支配体制の維持、富国強兵の願望、経済成長と思想統制双方の重視、反腐敗への積極的な取り組みなどです。

 もちろん、共産党支配の維持という大目標は江沢民元国家主席、胡錦濤前国家主席と共通しています。ただ、習氏には大躍進運動や文化大革命など建国後の政治的苦難や貧しい時代の中国を幼くして身をもって体験したという自負があります。新中国の歩みが習氏自身の人生に重なり合う部分が多く、毛沢東時代の否定は許さないという気持ちを強く感じます。

 習氏の父は革命元勲の一人である習仲勲元副首相です。高官子弟の「太子党」という出自が、父祖がつくりあげた共産党政権を守るという強い意識に結実したのでしょう。習氏がよく口にする「リレー式で支配体制をつないでいく」という言葉に、習氏の意識がよく表れています。

 加藤 ●小平の改革開放路線を引き継いできた江沢民、胡錦濤時代は中国共産党の「統治の正統性」を担保するために力強い経済発展があったと考えます。ただ、近年は習政権から発展一辺倒ではない中高度成長に入った「新常態」という言葉も聞かれます。

 鈴木 習政権における支配の正統性は、統治で優れた業績を上げる「結果の正統性」に求められると思います。これは、民主的な「手続き的正統性」の不十分さを補完するものだともいえます。

 正統性の一つ目は、従来と同じ経済発展であり、二〇二〇年までに国内総生産(GDP)と国民一人当たりの所得を一〇年比で倍増させるというものです。国民に身近な所得格差の解消、環境保護、食品や医薬品の安全といった民生の改善にも、むろん力を入れるでしょう。

 二つ目は政策決定のプロセスで、話し合いに参加することのできる各界の代表的人物を一定程度増やし、民主政治の「協議」という面で、部分的な改善努力を図るだろうということです。ただ、言論の自由の拡大、国政レベルでの公正な選挙の実施など、代議制民主主義の実現に向けた本格的な政治改革は現状では全く見通しがたたないと思います。

 三つ目は対外的威信の向上です。米国やロシアと並ぶ宇宙大国のイメージづくりや、シルクロード経済圏構想「一帯一路」、アジアインフラ投資銀行(AIIB)などの国際的プロジェクトはナショナリズムを発揚し、政権への支持を高める上で大きい要素だとみています。

 加藤 胡錦濤主席・温家宝首相時代には腐敗撲滅のためには政治改革が必要だとの議論もありました。習氏の反腐敗闘争は政敵追い落としの権力闘争の意味合いが強く、政治改革には無縁に感じます。共産党が各種の許認可で最終権限を持つシステムこそ汚職の源泉に映ります。

 鈴木 反腐敗キャンペーンの正式名称は「党風廉政建設および反腐敗闘争」です。習氏への集権という組織規律の立て直しと汚職取り締まりの二つが目的でどちらも一定の成果はあげています。中国はシンガポールや香港をモデルに、国民の政治参加を通じた民主的な監視メカニズムがなくても、司法の独立と公正が確保され腐敗根絶を可能にする制度をつくろうと努力していますが、難しいでしょう。人口規模が違いすぎる上、政治と経済の分離度が高いシンガポールや香港と異なり、中国では経済の基幹分野を、改革が十分進んでいない国有企業が担っているからです。

 胡時代には政治体制の民主的な変革を念頭にさまざまな理論研究がありました。研究レベルにとどまったものの、それが民生重視の政策に結実したとはいえます。一方、習政権では政治改革の理論研究は見られず、党内民主主義も唱えられていません。

 加藤 習氏は「中華民族の偉大な復興の夢」という政治スローガンを掲げています。アヘン戦争で敗れて列強に侵害され「東亜病夫(東洋の病人)」と呼ばれた弱い中国をもう一度、「大中華」にしようとする試みにも映ります。こうした思想が、強硬な対外拡張主義につながり、「中国脅威論」を生んでいるように思います。

 鈴木 中国の指導者の対外認識の特徴は三つあります。「屈辱の近代」を心理的に償おうとする強国志向、競争とパワーに基づく過度な生存競争という国際政治観、欧米主導で歴史的に形成されてきた国際秩序への抜きがたい不信感−の三つです。

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 大国の自信が、指導者だけでなく国民にも共有されつつあります。力による現状変更は、中国の自意識の中では「国力に見合った正当な権利の主張」という独善的な考えとなり、他国にとっては拡張主義的な対外行動として警戒されるのです。

 加藤 江沢民時代の「愛国」を「反日」に結びつける運動は日中間の大きなトゲとなりました。民主党政権は中国の強烈な反対にかかわらず尖閣国有化に踏み切り、現在も極めて冷え込んだ日中関係が続きます。今年は日中国交正常化四十五周年の節目の年です。日中間にくすぶりつづける歴史問題、尖閣問題を解決する知恵とはどのようなものでしょうか。

 鈴木 政治外交と安全保障の観点から言えば、領土対立も歴史問題もどちらか一方の勝利や敗北または譲歩という意味での解決はありません。「相互不満足を前提とした国家間の慎重な管理運営」という解決しかないのです。

 日本の対中政策の基本として、中国封じ込めは不可能であり地域の安定にも望ましくないとの発想が肝要です。そのうえで、日本側からの三本柱の知恵を提言したいと思います。

 戦争と侵略に起因するアジア諸国の人々の心の傷を癒やし、日中間の歴史和解を進めるため、歴史問題に対する日本側の誠実で慎重な取り組みが必要です。靖国神社A級戦犯合祀(ごうし)問題の再検討や民間の戦後補償への自主的な取り組みなどがあるでしょう。

 「危機管理・専守防衛・拒否的抑止」を旨とする安全保障体制の構築が二つ目です。それは、力による一方的な現状変更を許さないという意志と能力の確保です。中国との安全保障対話や、米、韓、オーストラリア、インドなどとの同盟、準同盟関係の強化が必要です。

 三つ目は、国際社会での「法の支配」順守を原則に、国際秩序形成で中国側の当事者意識を涵養(かんよう)することが大切です。こうした三本柱は総合的かつ同時的に追求していくべきでしょう。

 <日中国民の相互意識> 言論NPO(工藤泰志代表)は2005年から日中両国で世論調査を実施。16年秋の調査では、日中関係を「悪い」と判断する日本人は前年と同じ71.9%、中国人は前年比11ポイントも悪化し78.2%になった。双方が「悪い」とする理由について、工藤氏は「中国人は日本の歴史認識や日本政府による『魚釣島』国有化への反発が最も多い。日本人は尖閣周辺や南シナ海での中国の行動に違和感を覚え反発している」と分析した。特徴的なのは、訪日経験のある中国人の58.8%が日本に「良い」印象を持っているが、訪日経験のない中国人で「良い」印象を持っている人は16%にとどまった点。日中関係の重要性については、日中双方とも約7割の人が「重要」と考えているとの結果だった。

 <すずき・たかし> 1973年、静岡県生まれ。慶応大法学部卒。同大大学院法学研究科博士課程満期退学。博士(法学)。日本国際問題研究所研究員を経て、現在、愛知県立大外国語学部准教授。専門は政治学、中国政治。著書に『中国共産党の支配と権力』(慶応義塾大学出版会)など。

●は登に「おおざと」。読みは「トウ」

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