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考える広場

猫学事始

 吾輩(わがはい)は猫である。今、猫ブームなんだそうである。「高齢化社会が背景」とか「自然がすんでいる」とか「対等な大人の関係が得られる」とか分析してくれる。どうも、人間さまが吾輩たちを必要としている時代のようだにゃん。

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◆共同体の束縛を超越 哲学者・左近司祥子さん

 今、何匹の猫を飼っているかって? だいぶ減りましたよ。三十七匹。一番多い時は五十匹ぐらい。そんな猫好きとしては、猫を飼う人が増えたのはうれしいことです。犬ほど手がかからないからかもしれませんが、犬を飼うときのような「構う−構われる」という主従の関係ではなくて、対等で、互いに無視し合うぐらい心大きく穏やかな「大人の関係」を求める人が増えてきたのは確かだと思います。抱っこするとしても、抱っこ「してやって」いるのではなくて、抱っこ「させてもらって」いる。そういう関係。

 そもそも人間は共同体なしでは生きていけません。他人と対峙(たいじ)し、関係を築く。ところが、猫が対峙するのは宇宙とだけ。ほかのものとは対峙しない。本心では「人間なんか相手にしてやらないよ」と思っているかも。かわいがれば、うれしそうにする猫もいますが、人間がいなくなれば自分の好きな所に行って好きなことをしている。

 哲学者とは、猫みたいに共同体なしで生きられればいいなあと思う人間です。共同体ほど厄介なものはない。共同体があるから「これは駄目」と枠にはめる法律なんかができる。それは他人が決めたもの。倫理や道徳というものは本来、「私」が決めるものであるべきなんです。一方で、哲学者は「知を愛する(フィロソフィー)」者として知を働かせます。そうすると、人間は共同体の中でしか生きられないということも分かる。この二つの思いの間に哲学ができてきたのだろうと私は思います。この「間」で哲学者は悩むわけです。悩みに悩んで、しょうがないから「じゃあ生きるってどういうこと?」と考える。

 『ソクラテスの弁明』の中で、ソクラテスが「国家のために何かをしようとするとダイモン(鬼神、神霊)が止めるのだ」と言う場面があります。共同体に入り、関わることを拒否しろということです。共同体にいないと生きられないが、それは本当の自分、本当の生き方ではないだろうと。

 では、本当の生き方とは何でしょうか。それは一人一人違っていいのです。ちょうど猫のように、他の猫など気にせずに。つまり、猫のように生きることです。そうなれば哲学は不要になるでしょう。残念ながら人間は猫ほど賢くないので、そうはいかずに考え続けるしかありません。

 (聞き手・大森雅弥)

 <さこんじ・さちこ> 1938年、東京都生まれ。学習院大名誉教授。専門はギリシャ哲学。『哲学するネコ』『悪なんて知らないと猫は言う』『なぜねこは幸せに見えるの?』など著書多数。

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◆家の中にすむ「自然」 作家・パンク歌手 町田康さん

 今、猫を七匹飼っています。二十代前半、野良猫を観察して面白いと思ったのが猫との出合い。自分のバンド名は「INU」でしたけど。結婚したときに妻が猫を飼っていて、その後仲間から子猫をもらったり愛護団体が保護した猫を預かったりして、いつの間にか増えた。「メリットは?」と聞かれますが、正直言うとありません。小説のインスピレーションが湧くか?文学への影響は? ありません。猫はそこに「いる」だけです。

 でも、あまりにこういう質問をされるので、人間の側のメリットを考えてみました。 

 それは人工物ではない自然が、家の中にすんでくれるということです。猫の美しさって、自然の美しさだと思う。山とか海とか花が美しいのと同じ。ただ、自然は家の中にはない。家に入れたとたんに植物は植木に、動物は家畜になる。それなのにこの「自然」は撫(な)でさせてくれたり、時々は腹の上でゴロゴロしてくれる。奇跡のようです。

 猫との生活を書いたエッセーを四冊出しました。動物が人間の犠牲になる物語は多いけどその逆はないので、そういう本があってもいいかと(笑)。猫の飼い主はいかに猫からひどい目にあっているか自慢する。逆に犬の飼い主は「うちの犬は賢い」と自慢しますね。猫はいろんなことをやらかします。本のしおりの紐(ひも)は必ず噛(か)み切る。新聞を広げれば上に乗る。パソコンのキーボードの上を歩く。わざわざ一番高い服で爪を研ぐ。

 猫のフリーダム力ってすごい。束縛されてない感じがするんですよ。人は生きていると何かしら耐えなきゃいけないことがある。だから猫がうらやましくなるんじゃないかな。亡くなった作家の中島らもさんと対談したとき、インタビュアーが「生まれ変わったらお二人は何になりたいですか」という質問をしました。中島さんはしばらくして「…飼い猫」って言いました。みんな、内心では猫のように生きたいのではないですか。

 当たり前のことしか言えませんけど、猫ブームだからと猫を安易に飼わないでほしい。猫はかわいいんじゃない。美しいんですよ。美しいということは、その半面に危険や大変さがあるということ。端的に言うと、そこには死ぬことも含まれている。「かわいい」で飼うのはやめてほしい。そういう意味では、ブームは沈静化してほしいですね。

 (聞き手・出田阿生)

 <まちだ・こう> 1962年、大阪府生まれ。2000年「きれぎれ」で芥川賞。猫のエッセー『猫にかまけて』『猫のあしあと』『猫とあほんだら』『猫のよびごえ』(講談社)がある。長編小説『ホサナ』を5月刊行。

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◆人気背景に高齢化も 人とペットの幸せ創造協会会長・越村義雄さん

 今は、猫のブリティッシュショートヘアとアメリカンショートヘアの二匹と暮らしております。故郷の新潟では昆虫や亀、金魚、小鳥、犬などを飼っていました。米国の小児科学会で「幼時から動物と触れ合うと感染症やアレルギー疾患にかかりにくい」と発表がありました。私が花粉症にならないのもそのおかげかもしれません。

 ペットフード協会の調査では昨年は犬が九百八十七万匹、猫が九百八十四万匹でした。三万匹多い犬は毎年漸減、猫は横ばいなので、今年は逆転して猫の方が多くなるかもしれません。日本での犬の飼育率は14%、猫は10%ですが、外国と比べるとかなり低い。犬は二倍、猫は三倍になってもいいですね。

 猫ブームの背景はいろいろあります。猫は、通常犬と違って「呼んでも来ない」ですね。この「つかず離れず感」が長続きのもとかも。人間関係とも似ています。それと、もふもふ感のある猫の毛をなでている方が、犬よりも幸せホルモン・オキシトシンの分泌が多いのではないかとの研究もされています。

 高齢化も。犬の散歩がおっくうになってきた高齢者の方がでてきた。猫の方が犬より飼いやすい。「ペット不可」のマンションでも、猫は鳴き声が分かりにくいのでひそかに飼っている人もいると思われます。

 現在、27・4%の高齢化率は、将来さらに進みます。QOL(生活の質)を高める必要があります。独り暮らしですと認知症や失語症になりやすい。そこで、猫と暮らすとどうなるでしょうか。触れ合いがあり、犬よりにおいがしない。きれい好き。散歩も不要。猫が伴侶動物として、最近脚光を浴びている理由がこの辺にあります。

 犬などを含め、動物を愛することが争い事を防げる社会につながる。情操教育や不登校の予防にも。種の違いを理解し、いじめなどの差別解消にも役立ちます。本の朗読が苦手なお子さんがペットに読み聞かせて、朗読能力が高まる報告があります。

 夢は「ペットの理想郷」づくりです。学校には飼育動物がいて、ペットとの触れ合い広場。ペットと暮らせる特養ホームやペット霊園、ペット同伴のレストランや宿泊施設といったまちづくりです。インバウンドのお客さまにもアピールするようなインフラ整備をぜひやってみたいです。

 (聞き手・小野木昌弘)

 <こしむら・よしお> 1948年、新潟県生まれ。78年ペットフード会社(現日本ヒルズ・コルゲート)を立ち上げ社長を退任した2009年ペットフード協会会長、現在名誉会長。15年から現職。その他役職多数。

 <猫ブーム> 和歌山電鉄貴志駅で駅長に三毛猫の「たま」が任命されたことなどが火をつけたとされ、2010年ごろから「猫ブーム」と言われ始めた。本文にもあるように、飼育数が今年中に犬を抜く可能性もある。

 猫の特集本や猫グッズの売り上げなどで、15年の1年間だけで2兆3000億円を超す経済効果があったとの試算もあり、アベノミクスをもじった「ネコノミクス」という造語が15年ごろから使われ始めた。

 

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