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「共謀罪」と私たち

 犯罪の計画段階で処罰可能になる「共謀罪」。その趣旨を含む組織犯罪処罰法改正案が、国会で審議入りした。政権は「東京五輪への『テロ等準備罪』だ」と言うが、推進派からも疑問がある。

◆制限かけて不安拭え 公共政策調査会 研究センター長・板橋功さん

板橋功さん

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 私は「共謀罪」そのものに賛成というよりは、「共謀罪」の成立によって、日本が「国際組織犯罪防止条約」を締結できるようになることが重要だ、との立場です。もし乱用の懸念が国民にあるなら、必要な歯止めはかけても良いと思っています。

 条約は、マフィアなど組織犯罪のマネーロンダリング(資金洗浄)を規制する目的で二〇〇〇年にでき、百八十七カ国・地域が締結しています。国連加盟国のうち、未批准なのは日本やイラン、南スーダン、ソマリアなど十一カ国だけ。北朝鮮ですら昨年締結しています。日本のような世界のリーダー的な国が、世界のほとんどの国が加盟している条約に入らなくて良いのでしょうか。国際的な信頼性にも関わる問題です。

 この条約を結ぶためには「共謀罪」、あるいは組織的な犯罪集団への「参加罪」のどちらかが必要だとされています。しかし、資金規制が主たるこの条約は、テロそのものを防止する目的ではありません。

 今回の法案は、あくまで「組織犯罪処罰法改正案」であり、なぜ「テロ等準備罪」という名称が付いたのか、不思議でなりません。「テロ」「東京五輪」という言葉を出すと、国民は理解しやすいと考えたのでしょうか。「共謀罪」「準備罪」で良かったと思います。

 テロは、この条約を批准しても直接的に防げません。ただ、二〇〇一年の9・11事件以降、テロ組織は資金源活動を活発に行っています。アルカイダの麻薬や「イスラム国」(IS)の石油密売などです。警察庁は、日本が資金規制のループホール(抜け穴)になる可能性があると警鐘を鳴らしています。

 「共謀罪」は「治安維持法の再来」という批判は当たりません。戦前とは警察・司法の制度が全く違う。それと、法案には三つの歯止めをかけた。一つは罪種を減らす。二つ目は組織的犯罪集団に限定する。三つ目は罰するには準備行為まで必要。「乱用」の危険性があるのなら、私は、さらに制限をかけても良いと思います。

 国会でしっかり議論して、付帯決議を付けて制限をかけたり、拡大解釈を疑われるような条文の文言はできるだけ避けたりするなど、知恵を絞ってほしいと思います。それが国会の役割です。そのために政府も丁寧な説明が必要です。

 (聞き手・小野木昌弘)

 <いたばし・いさお> 1959年、栃木県生まれ。慶応大大学院修了。92年公共政策調査会。2015年7月から現職。テロや組織犯罪、危機管理を研究。防衛大非常勤講師、早稲田大客員研究員など歴任。

◆内心の自由奪われる 作家・中島京子さん

中島京子さん

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 この法律をつくるために、テロやオリンピックという言葉を方便として使っていますよね。「共謀罪」が適用される犯罪の一覧表を見ると二百七十七も並んでいます。その中には著作権侵害もある。著作権侵害というのは、やってしまったら悪いことだというのは分かります。でも「著作権侵害を計画する」ことが、テロと結び付かない。

 だから、これは悪いことをした人を罰する法律というよりも「この人を罰したい」と思った時に「どの犯罪に当てはまるかな」と考えるためのものなのだと思います。捜査機関が目を付けた人物を引っ張りたいと思ったとき、こよなく便利だろうと。そうでなければ、こんなにたくさんの罪名がある理由が説明できない。共謀罪は権力にとって不都合な人々を、どんな人でも逮捕できるものに見えます。

 何をするとテロリストや予備軍として監視対象になるのか。それを捜査機関や権力の側が決めるところに問題があります。今でも東京五輪に反対する市民集会には警察が大勢来て監視しているとか。「五輪反対=テロ予備軍」ではないでしょうに。

 治安維持法も改悪を重ねました。だから共謀罪の法成立を突破口に、社会が変わってしまうかもしれない。与党が「大丈夫」と言っても信用できません。

 しかも戦前・戦中と違って、高度な情報社会です。街中に監視カメラが設置され、携帯電話やパソコンには大量の個人情報があります。警察が「危険」とみなした人やその周囲のプライバシーが際限なく暴かれる危険がある。「悪いことをしていなければ大丈夫」と言う人がいますが、能天気だなと思います。

 共謀罪の何が問題かというと、頭で考えたことが犯罪につながる、つまり心の中を取り締まる法律だという点。人は必ずしも思ったことをそのまま言ったり書いたりするものではないし、それを行動に移すとも限らない。心には段階があります。

 私は内心の自由を根拠に仕事をしています。人間は正しいことだけ考えて生きているわけじゃない。小説も含めた芸術一般は、教訓を垂れ流すのではなく、心の中の醜さや残酷さを表現することで昇華させる効果もある。だから「考えた」だけで取り締まる法律など容認できません。人間の複雑さが、複雑なままに許容される環境でなくなるのは、大変危険なことだと思います。

 (聞き手・出田阿生)

 <なかじま・きょうこ> 1964年、東京都生まれ。2010年に「小さいおうち」で直木賞。14年「妻が椎茸(しいたけ)だったころ」で泉鏡花文学賞。著書に「かたづの!」「長いお別れ」など。

◆刑法の原則から逸脱 山口大名誉教授・纐纈厚さん

纐纈厚さん

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 「共謀罪」に強く反対しています。そんなことを言うと「おまえはテロ対策に反対なのか」と言われかねないのですが、政府が目指す「国際組織犯罪防止条約」の批准には賛成です。政府が条約を共謀罪と結び付けるやり方に大きなごまかしがあるから反対しているのです。

 重要なのは、この条約はマフィアによる資金洗浄など経済的領域に関するものであり、テロなどの政治的領域の犯罪とは直接関係ないということです。批准に必要な国内法の整備は現行法で十分であり、共謀罪は不要です。無理やり結び付けたいためにテロ対策を持ち出したと言わざるを得ない。「それでもテロ防止の手だてが増えるならいいではないか」と言う方がいるかもしれませんが、テロ対策についても、現行法で犯罪の準備段階での摘発が可能なのです。

 共謀罪の最大の問題は刑法の原則を大きく逸脱する点です。現行の刑法では既遂での摘発が原則。加えて未遂でも処罰される。ところが共謀罪の原案によれば、重大な犯罪に限り、「準備行為」でも処罰の対象とされる。共謀罪の特徴は計画や合意だけで犯罪が成立すること。それで「準備行為」をしていない者も処罰の対象となる。言論の自由にとって深刻な脅威となることは必至です。

 共謀罪の本当の目的は何か。米中枢同時テロ以降、先進諸国では監視社会の強化につながる法整備が進められています。監視や管理による国民情報の把握、警察権力強化への重大な一里塚として「共謀罪」が想定されているととらえるべきです。「特定秘密保護法」「安保関連法」との文字通り三位一体で、安倍首相の言う「戦後レジームからの脱却」、事実上の「戦前レジームへの回帰」が法的に担保されることになります。

 思い出されるのは第二次大戦前の治安維持法です。政府当局は「細心の注意を払い乱用しない」「社会運動が抑圧されることはない」などと発言していました。事実はどうだったか。当初、取り締まりの対象は社会主義者でしたが、やがて新宗教や自由主義者らにまで拡大し、約七万五千人が送検されました。

監視による閉塞(へいそく)した社会が戦争を生み出したことを歴史が示しています。こわもての政治が国の内外に耐えがたい惨禍を招くことを、歴史の知見として心に刻むべきです。

 (聞き手・大森雅弥)

 <こうけつ・あつし> 1951年、岐阜県生まれ。専門は近現代日本政治史、現代政治社会論。『監視社会の未来』『暴走する自衛隊』『日本降伏』など著書多数。近刊書に『権力者たちの罠(わな)』。

 <「共謀罪」> 組織的犯罪集団の2人以上で実行を計画し、うち1人でも準備行為をすれば、全員が処罰される。対象犯罪は277。テロの実行にかかわるのは、組織的な殺人やハイジャックなど110。残り167は薬物や人身売買、通貨偽造など。組織的犯罪集団は「テロ集団その他」とされるが「その他」の文言もあり、曖昧だ。

 

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