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考える広場

これからの働き方

 電通の新入社員が過労自殺した事件で、厚生労働省東京労働局は電通などを労働基準法違反(長時間労働)の疑いで書類送検し、石井直社長は辞任する。世間には、週休三日制の会社も出始めた。高度経済成長を支えた「モーレツ」からの意識変革が求められている。

◆残業ゼロへ密度濃く 日本電産会長兼社長・永守重信さん

永守重信さん

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 二十八歳で起業して四十余年。楽しく仕事してきました。バス二、三台の従業員数のころが一番楽しかったかなあ。一緒に旅行して、全員の名前覚えて、家族のことも知って、家に社員を呼んでご飯食べて…。つらかったら続きませんよ。幸い大病は一回もありませんでした。

 楽しかったけど、楽ではありませんでした。サラリーマン時代「三十五歳で独立」と決めました。資本金が二千万円は必要だろうと考え、本給とボーナスには手を付けずに全部貯金。残業代だけで生活しました。七年早まったのは、前の会社の株券で収入があったからです。

 社員四人の零細企業が大会社に勝たねばならない。生命保険を担保に、銀行から借金しました。起業に反対だった母親は「人の二倍働け」と折れました。他社より有利な点は皆無だったけど「一日二十四時間」だけは平等。母親の言うことにも一理あるなと思いました。倍の時間働いて成功しなかったらギブアップだと誓い、最初は一日十六時間労働。猛烈に働きました。

 十年ごとに労働時間を短くしてきました。外国に進出すると欧米では残業はありません。私たちも二〇二〇年に、年収を下げずに社員の残業をゼロにする予定です。甘くないですよ。残業しない分、密度を濃くせねばなりません。日本の労働生産性は世界二十位台と低い。休日などの余暇に語学を磨くとか自己能力を高めてもらいたいのです。

 社内教育にも力を入れています。国内外で働くグループ社員に学んでもらうため、十階建ての研修施設を本社の向かいに建設しています。今春完成し、開講します。日本電産は、グループ社員のうち九割が外国人のグローバル企業です。教育体制を充実させて、働き方改革につなげたいと思っています。

 自分にも改革を課しています。CEO(最高経営責任者)改革です。仕事を工夫して、午後七時までには帰ります。僕が早帰りしないと、みんな帰れません。自宅にスポーツジムをつくって早朝と夜、鍛えています。効果はてきめんで、最近の体力テストで「四十八歳」でした。

 電通さんの事件はとても残念でした。本人が「楽しい」「やりがいがある」「成果が上がっている」と思っていれば、ああはならなかったと思います。経営者は、会社をいかにして楽しく働きがいのある職場にするかです。

 (聞き手・小野木昌弘)

 <ながもり・しげのぶ> 1944年、京都府生まれ。73年に日本電産を4人で創業。2016年3月期の売上高1兆1782億円、従業員約9万6000人、世界最大の総合モーターメーカーに育てた。

◆人口減変化への好機 ワーク・ライフバランスコンサルタント・大塚万紀子さん

大塚万紀子さん

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 今回の電通社員の自殺では、いろいろ思うことがありました。彼女自身は「いい仕事をしたい」という一念だったでしょうから、どんなに悔しかったか。

 問題は、「いい仕事」とは何か。その概念が変わってきました。顧客が求めることに応えるだけでなく、先回りした価値の提供が求められています。

 具体的には、人口ボーナス期の働き方からオーナス期の働き方への転換が必要です。ボーナス期は人口が増える時期で、経済成長のボーナスの役割を果たします。一方、オーナス期は人口減少期。オーナスは「負担」「重荷」という意味で、人口減が重荷になります。

 ボーナス期のルールは、まず男性が働くこと。二つ目は、なるべく長時間働くこと。三つ目は、画一的な人材をそろえること。市場は「とにかく早く安く商品・サービスをくれ」。そのために同じものを一糸乱れずつくることが必要でした。

 オーナス期のルールは、まず男女共に働くこと。労働力不足により性別にかかわらず働ける環境が大切になります。二つ目は、なるべく短時間で働くこと。人件費が高くなった日本で長時間働かせると経営を圧迫するということもありますが、介護負担の急増が予想されるからです。実は、今年は介護休業者が増える大介護時代になるといわれています。団塊の世代が七十歳を超えていく。誰が面倒を見るのか。介護施設はいっぱいとなれば、団塊ジュニアの四十代が引き受けなければならない。残業など無理なのです。

 自分が当事者になることを考えれば、働き方の問題は人ごとではありません。数年前、大手飲食チェーンで、人手不足からネット上で従業員に「ストをしよう」と呼び掛ける騒ぎが起きました。経営者が上で労働者が下というパワーバランスが崩れ、時代が変わったことを示す象徴的な事例でした。あと二、三年で、この逆転が全ての業種で起こるでしょう。

 しかし、それを重荷としてネガティブに考えるだけではなく、変化へのチャンスと捉えてほしいのです。ワーク・ライフバランスは福利厚生と見られがちですが、実は経営戦略。働き過ぎはいけないよね、だけではないのです。新しい価値を生み出すために、ライフの中で得られた人脈や経験、情報などのインプットをワークで生かすことなのです。

 (聞き手・大森雅弥)

 <おおつか・まきこ> 1978年、大阪府生まれ、神奈川県育ち。楽天を経て、ワーク・ライフバランス創業メンバー。金沢工業大客員教授。2児の母として、自らも残業ゼロを実践。

◆認められなくていい 政治学者・アナキズム研究家・栗原康さん

栗原康さん

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 週休三日制、いいですね。私はできれば働きたくなくて、自分のやりたいことだけをして暮らしたいとずっと思ってきました。今は、山形県の大学へ非常勤講師として週一回、埼玉県から通っています。朝五時起きで出て、帰りは夜九時ごろ。書く仕事もしていると、それだけでもう大変です。

 以前、付き合っていた彼女に「結婚するならまともに働け」と詰め寄られて、予備校の講師に就いたことがあります。これも通勤に往復六時間かかる場所で大学とあわせて週三日働いたら、本当にへとへとになり死にそうでした。数年で辞めました。

 人それぞれ許容量があるにしても、過労死するほど追い詰められる前に辞めればいい。普通の精神状態なら、みんなそう思っているはずです。でもいったん会社の中に入ってしまうと、そこからなかなか抜け出せない。誰かに評価されたい、役に立ちたいという個人の気持ちをうまい具合に利用するシステムが会社にあるからです。

 これだけ働いたのだから、これだけの給料をもらえる。有用な人間だと認めてもらえる。その考えは裏を返すと、報酬をもらえないようなヤツはダメだ、社会に無益だとなりますよね。そうなるのが嫌で、もっと努力して、もっと認められなくちゃと追い詰められていく。どんなに大変でも社会のため、会社のためになっているからと我慢してしまう。

 会社に入る前は、自分らしさを犠牲にしてまで評価される必要はないんだと、ほとんどの人が分かっているでしょう。けれど働いているうちに、会社の中での評価基準が、自分のものとして内面化されていくんです。

 落ちこぼれるぞ、食っていけないぞ、という脅しに、乗っかる必要はありません。会社や組織から離れても大丈夫。ちまちましたことにこだわらず、いつゼロに戻ってもいい、という気持ちで働いてみてはどうでしょうか。役に立つとか、金になるとかは関係なく、手をさしのべてくれる人が必ずいます。実際、私は大学の専任講師になれなくてもいいやと割りきってみたら、助けてくれる人が続々と現れて、本当にやりたいことも見えてきました。だからあえてこう言っておきたいと思います。努力に追い詰められて死ぬ前に、そんなもん捨てて生きのびろ。

 (聞き手・中村陽子)

 <くりはら・やすし> 1979年、埼玉県生まれ。東北芸術工科大非常勤講師。早稲田大大学院博士後期課程満期退学。著書に『大杉栄伝−永遠のアナキズム』『はたらかないで、たらふく食べたい』など。

 <電通> 広告業界の国内最大手。本社は東京。大阪や名古屋などに支社がある。新聞や雑誌、テレビ、ラジオ、インターネット広告などを取り扱う。資本金約746億円、従業員約7200人。2015年、高橋まつりさん=当時(24)=が過労自殺。1991年にも若手社員が過労の末自殺している。「取り組んだら『放すな』、殺されても放すな、目的完遂までは…」など10カ条の心得「鬼十則」は、高橋さんの自殺を機に、社員手帳から削除される。

 

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