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SMAPよ永遠に 解散に寄せて

 SMAPが大みそかで解散する。このグループを知らない人は、ほとんどいないだろう。多くの人は、メンバーの顔と名前が一致するはずだ。解散を惜しむ声も、再結成を望む声も強い。

 <SMAP(スマップ)> 1988年、ジャニーズ事務所の中居正広、木村拓哉、稲垣吾郎、草●剛、香取慎吾、森且行の6人で結成。96年に森が脱退。「世界に一つだけの花」などヒット曲多数。NHK紅白歌合戦に23回出場。「SMAP×SMAP」などテレビ出演も多く、各メンバーが映画やドラマ、舞台で活躍。今月31日で解散する。

※●は弓へんに前刀

◆いつか再び集まれる 司会者・タレント おりも政夫さん

おりも政夫さん

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 彼らの心境はよく分かります。いつか解散してしまうのがグループの宿命だから。

 僕は十三歳から二十五歳までフォーリーブスを組んでいました。メンバーは、共に過ごす時間の長さで兄弟のようであり、苦楽を共にする点で部活動の仲間に近い。ファンレターの数や声援の大きさを意識しあうライバルでもあります。それでも、ステージの上では手を握り、あうんの呼吸でパフォーマンスをする。それがアイドルグループです。

 ジャニーズ事務所では、グループを太い幹にするために、各自が得意な分野に挑戦します。僕の場合は芝居やリポーター、メンバーの青山(孝史)は歌、北(公次)は映画、江木(俊夫)はバラエティーといったように武者修行をしました。力をつけてくると、一人でやってみたいという野心が芽生えてくるんですね。そうして僕らは旅立って行きました。

 本音を言えば、SMAPには野心を抑えてほしかった。解散して分かりましたが、グループにしかできないことがあるんです。SMAPはグループとしての年月が長いから、当時の僕らより考え方は大人だと思う。年に一回でいいから、戻ってくるホームグラウンドを残してほしかったですね。僕らに比べて一人一人が大きくなった分、解散につながってしまったのかな。

 こうなれば、みんな個性を生かして頑張って、十年後でも二十年後でもいいから、再結成をしてほしい。同窓会みたいで、とってもいいもんですよ。あつれきやずれがあっても、時間が解決してくれる。例えば、青山と北は、解散前はホテルの部屋を必ず別にするくらい不仲だったのに、再結成したら稽古後に二人で飲みに行ったんです。多感な時期に、同じ釜の飯を食った仲間は特別な存在です。

 SMAPの解散は、ファンの方にとっても大きな出来事。今は、メンバーの選んだ道を見守ってください。一つの区切りとして、ファンの方も歩きだしてほしい。いつの日か再結成したとき、青春は取り戻せます。タイムスリップできるのが歌の力ですから。

 SMAPのメンバーたちに言いたいです。時間がたてば考え方は変わる。変わらないのは、SMAPというブランドと、歌謡界に燦然(さんぜん)と輝く歌の数々。そして、ファンの声援です。

 (聞き手・斎藤航輝)

 <おりも・まさお> 1953年、東京都生まれ。67年にフォーリーブス結成。愛称・マー坊。78年に解散したが、2002年に再結成。12日から静岡県内での公演「夢のスター歌謡祭」に出演する。

◆なくしちゃだめな宝 放送作家・コラムニスト 山田美保子さん

山田美保子さん

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 今もSMAPの解散を信じてないし、(存続を)あきらめていません。多くのファンと同じ気持ちです。今年はデビュー二十五周年で、記念のコンサートがあると楽しみにしていたのに。

 小学生の時、フォーリーブスのデビュー曲をお小遣いで買って以来のジャニーズファン。三十歳で放送作家になって、初めてチーフ作家をした番組に稲垣吾郎さんがレギュラーで出てくださっていたこともあり、SMAPへの思い入れは強いです。単に「キャー」というんじゃなくて、いや、それもあるんだけれども(笑い)、引きつけられるヒット商品みたいな感じでずっと見守ってきました。

 彼らは常に新しいことにチャレンジし続け、流行も現象も生み出してきました。

 音楽では、山崎まさよしさん、スガシカオさん、「ゲスの極み乙女。」の川谷絵音さんらのアーティストを一歩早く見いだして楽曲提供などを依頼し、今までのアイドルが歌わなかったような曲を歌いました。

 テレビでは、アイドルなのにバラエティーを極めました。デビュー直後は歌番組がほとんどなくなった冬の時代で、バラエティーに活路を見いだすしかなかったのですが、(事務所社長の)ジャニー(喜多川)さんはSMAPをドリフターズのようにしたかったようです。

 彼らの魅力は、五人、脱退した森(且行)君も含めると六人の中に、誰一人似ている人がいないということですよね。バラバラです。各自が大人の男としての魅力にあふれていて、友達っぽいところがない。けれど、実は役割分担がしっかりできている。大人の女性が「好き」と言って許される初めての男性アイドルだと思います。

 その結果、老若男女、日本人のほとんどが彼ら全員のフルネームを言えるということになった。一人一人のキャラも説明できてしまうんじゃないかな。こんなアイドルは、この先もう現れないと思います。富士山のような日本のシンボルというか。これってもう、国宝じゃないですか。

 記憶にも記録にも残るアイドルであるSMAP。男性は今回の解散を「青春の終わり」みたいに言う方が少なくないですね。でも、五輪の施設みたいなレガシー(遺産)になんかしたくない。やっぱり、なくしちゃいけないんです。

 (聞き手・大森雅弥)

 <やまだ・みほこ> 1957年、東京都生まれ。青山学院大卒。放送作家として「踊る!さんま御殿!!」(日本テレビ系)などを担当。「ドデスカ!」(メ〜テレ)などでコメンテーターも務める。

◆「国民的」の裏に重圧 批評家 矢野利裕さん

矢野利裕さん

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 SMAPの踊りは、みんな気ままで、いつもちょっとずれています。少しだるそうでもある。そのルーズで自由な感じこそが彼らの最大の魅力だと、僕は思っていました。

 人気が出始めたのは一九九〇年代前半。スターでありながら、芸人的にお笑いもこなす。カジュアルな親しみやすさを併せ持つ存在として、多くの人の心を捉えました。手が届かない別世界の人という「スター性」を放棄することで、逆説的にスターになったのです。こういうあり方は、後輩グループの「嵐」などにも引き継がれていますが、もともとのジャニーズ事務所の路線からすると特殊でした。「少年隊」のようにきらびやかな衣装で、歌やダンスもビシッとキメるのが、長くジャニーズのアイドルグループの主流だったからです。

 音楽シーン全体から考えてみると、SMAPが人気者になったのは、それまでのディスコカルチャーに代わって、クラブが台頭してきた時期と、ほぼ一致します。着飾って出かける華やかなディスコに対し、クラブは普段着で遊ぶもう少しカジュアルな空間です。同じころに出てきた渋谷系と呼ばれる音楽も、やはり軽やかさがありました。SMAPの音楽は、それらの要素をあえて取り入れていた面もあるでしょうね。そうすることでグループの持ち味が、長所として顕在化してきたのだと思います。今、振り返ると、彼らのしてきたことが九〇年代の社会・文化の潮流と一致したものだったとよく分かります。

 SMAPが解散を発表した時、とても寂しいけれど、仕方ないとも感じました。今年一月に解散騒動があってテレビ番組で謝罪をした時から、どうしても無理しているように見えてしまいました。僕には事務所やメンバーの内実は全く分かりませんが、それまで彼らが示してきた自由な雰囲気と、あまりに違いすぎました。

 二〇〇〇年代に入ったころから、SMAPは「国民的アイドル」として、背負わされるものがどんどん大きくなっていたんだと思います。大衆の一人として、こうあってほしいと、みんなが願望を投影する。けれど自由に振る舞うことで見える姿と、こうあるべきだという姿とは、違って当たり前ですよね。解散劇は、そうした矛盾が、表面化したものと言えるかもしれません。

 (聞き手・中村陽子)

 <やの・としひろ> 1983年、東京都生まれ。東京学芸大大学院修士課程修了。批評のほかDJなどで活躍。2014年、町田康論で群像新人文学賞評論部門優秀作。著書に『SMAPは終わらない』など。

 

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