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考える広場

二兎を追う生き方

 ズバッと投げ、高々と打つ。プロ野球・日本ハムの大谷翔平選手(22)の活躍にファンはわいた。「投手・一番」の試合もあった。「二兎(にと)を追う者は一兎をも得ず」ということわざもあるが、今季の大谷選手は、投手と打者を両立した。三人に「二刀流観」を聞いた。

 <大谷翔平選手> 1994年生まれ。岩手・花巻東高から2013年ドラフト1位で日本ハムへ。身長193センチ。右投げ左打ち。今季は投手で10勝4敗、防御率1・86、打者で104安打、打率3割2分2厘、67打点、22本塁打の記録を残し、チームの日本一に貢献した。最高球速165キロ。

 二刀流の大先輩は、米大リーグの英雄ベーブ・ルース。20世紀前半に通算714本塁打を放つ一方、投手として94勝を挙げている。

◆投も打も本質は一つ 作曲家・指揮者 伊東乾さん

伊東乾さん

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 大谷選手の二刀流に批判があるとか。投球、打撃。一つ一つの技能は特化して訓練してこそ伸びるものでしょう。でも本質は「野球」一つでは? 投手から野手に転向したり、ファーストがセンターにポジションを変えたりはよくある。それを「二兎を追う」と言いますか? 打者だ投手だと言うのは木を見て森を見ない近視眼かもしれない。

 僕は作曲と指揮の看板を出していますが、下手なピアノも弾くし本質は音楽という一つだけ。楽器を弾かず棒だけ振っていたら人生を棒に振る(笑い)。中学三年で入門した師、松村禎三は伊福部昭の『管弦楽法』千ページ一冊全部マスターせよと言う。響きのグラフが随所に載った本。あらゆる楽器の生理を知って初めて演奏も作曲もできる。一つのことに本質から取り組もうと思ったら禁じ手なしだと。確信を持つ本質の幹からどれだけ枝が出るように見えても、幹も根っこも本質は一つです。

 アスリートも基礎があって全体が見えれば、さまざまな枝や葉が茂る。もちろん契約があり、監督がいてポジションがある中で投手だ野手だと役割は決まるけど、それは社会的なことで野球の本質ではない。二刀流に見えても、基礎ある人が責任を負えるなら何の問題もないはず。

 勉強でいうなら、ウサギの右耳を文系、左耳を理系と呼ぶようなもの。片耳だけ引っ張っても痛いばかりでウサギの本質はつかめない。よく文理融合と言いますが、まともな目的があれば文も理もしょせんは入り口の便法。大事なのは、一つしかないウサギのしっぽをつかむこと。

 僕は二十代から生涯一音楽人と言っているけれど、人はマルチの何のと誤解する。巡り合わせの中で頂いたお話で、責任を負えることを断らずお受けしてきただけ。中学三年で与えられた伊福部管弦楽法は電気回路図や特性グラフが満載。その先を開拓したかったから大学では物理を学んだ。物理学生時代の親友がオウム真理教に洗脳されてサリンをまいてしまい、逮捕後に弁護士から連絡があって接見し始めた。最高裁結審後の今も雑談に行きます。ああいうことは二度と繰り返すべきでないと思っていたら、お話があってノンフィクションを書くことに。

 自分にとって本質的で責任を負える案件なら出合いに応じてお引き受けする。結局はご縁、一期一会ということでしょう

(笑い)。

 (聞き手・大森雅弥)

 <いとう・けん> 1965年、東京都生まれ。音楽活動と並行して東京大で物理を学んだ。音楽から多方面へ思考、執筆を広げ、開高健ノンフィクション賞などを受賞。近著は『「聴能力!」』(ちくま新書)。

◆道を究めた人は強い 作家 木内昇さん

木内昇さん

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 生業(なりわい)として考えると「二刀流」を実現するのは、相当に難しいことですね。それぞれまったく異なる分野で、プロとして求められる仕事の水準に到達できる人は、めったにいないのではないでしょうか。仕事となると、学ぶことも山のようにあるはずですし、たいていは、ここまで到達すれば済むというものでもないですよね。

 ただ個人の生活レベルでは、仕事以外に柱を持つことが、とても有効だと感じています。たとえば今、私は地域のソフトボールチームに入り、週一、二回、練習に参加しています。高校、大学と部活で続けてきたので心得はありましたが、チームには、昔全国レベルで活躍した人もいて、すごくハードです。でも小説を書く仕事だけをしていると、どうしても行き詰まるし、世界も狭くなりがちです。別の活動をすることで、気持ちを切り替えて、それまでと違った視点でものごとを見ることができるのです。複数の趣味をあれこれ持つよりも、真剣に打ち込める太い軸があるほうが、得るものが大きいような気がしています。

 一方で、仕事として一つのことをやり続けるのがどれだけ大変か分かるだけに、ひたすら一事に専心する職人には、憧れがあります。以前、陶芸の人間国宝の方に話を聞いたことがあります。その方は、陶芸をとことん突き詰めることで、森羅万象を見通している、先にある真理にまで到達しているような印象を受けました。人間のことを知り尽くしているんです。見聞を広め、いろんな知識を身につけるよりも、ある事を究めた人のほうが強いなとも思います。

 今シーズン大活躍した大谷選手も、実はそういう生き方をしているのではないでしょうか。二刀流で注目されましたが、彼なりの形でいちずに「野球」と向き合っている。高校野球のレベルだと、投打両方で活躍する選手がけっこういますよね。それがプロでも通用するほど、並外れた身体能力と野球センスがあった。彼は高校生のころと同じように、ひたすら野球ひとすじにのめり込んでいるように見えます。おしゃれを気にして髪の色を変えるとかでもなく、素朴な雰囲気のままですよね。

 神様に、使命を与えられて生まれてきたような天才が、時々います。大谷選手もそんな一人なのでしょう。

 (聞き手・中村陽子)

 <きうち・のぼり> 1967年、東京都生まれ。出版社勤務をへて、2004年に小説家デビュー。『漂砂のうたう』で直木賞、『櫛挽道守(くしひきちもり)』で柴田錬三郎賞、親鸞賞など。近著に『光炎の人』。

◆楽しいことは何でも ライフネット生命会長 出口治明さん

出口治明さん

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 百六十五キロを出し、ピンチに強くて、しかも打てる選手はいない。大谷選手はどんどん二つの才能を伸ばせばいいんじゃないですか。彼は、投げて打っているときが一番楽しいんだと思います。人間は、楽しいときに能力を発揮する生き物です。

 歴史上の人物で言うと、古代ローマの政治家カエサルは「ガリア戦記」を著した文人です。インド亜大陸にムガール朝を開いたバーブルは「バーブル・ナーマ」という自伝の最高傑作を残しました。宋の宰相・王安石は「唐宋八大家」の一人に数えられる大文人です。最近なら、米国のライス元国務長官。ピアノの名手で、チェロのヨーヨー・マさんと共演しています。

 僕は、小学生のころから活字中毒。速読ではなく、熟読します。夢中になると、週に一回ぐらい、通勤の地下鉄で乗り過ごします。好きなジャンルは、歴史と宗教、美術史、宇宙論、生物学。「人間はどこから来てどこへ行くのか」に興味がありました。昔は週に十冊、年に五百冊ぐらい読んでいました。今は経営で忙しく、時間がないので減りましたが。

 ライフネット生命を六十歳で開業しました。保険料を半分にして赤ちゃんを産んでもらおうと思って。でも、ベンチャーゆえ会社の知名度がない。投資家の沢上篤人さんに相談し「何でもいいので出版社から依頼があれば本を出しなさい。講演もしなさい」と言われ、続けてきた。

 歴史書も出していますが「二刀流」の意識は全くありません。百パーセント、会社の経営をしているつもりです。大手の社長さんが取引先と会食やゴルフをする代わりに、僕は本を出し講演している感じです。「会社の知名度が上がれば」の一心です。

 でも、読書や知識は経営に生きる。ダーウィンの『進化論』は「強い者や賢い者より、変化に対応できる者が生き残る」と教えています。「スマホで申し込める生命保険」を取り扱っていますが、これも変化への素早い対応。経営には、ビジネス書よりダーウィンが役立つのです。

 七十カ国の千二、三百の町へ出掛け、旅先で人と会うのも楽しみ。「あちこちへ行って人と話しているから、出口さんの歴史書は面白い」と言われます。二刀流というより、楽しいことは何でもやる。人生を豊かにするのは「人、本、旅」ですね。

 (聞き手・小野木昌弘)

 <でぐち・はるあき> 1948年、三重県生まれ。京都大卒。72年日本生命入社。2008年ライフネット生命保険株式会社開業、13年から現職。『生命保険入門 新版』『「全世界史」講義1、2』など著書多数。

 

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