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考える広場

生誕50年 カローラと私

 国民的マイカーと言っていいトヨタ自動車のカローラがきょう、販売開始五十周年を迎えた。壊れにくく走りやすいという日本車の代表。高度成長期以降の日本の歩みや日本人のモノづくり思想が詰まっている。カローラとは何か? 三人の論者に語ってもらった。

 <カローラ> トヨタ自動車が1966年11月5日に販売を始めた大衆車。名前は英語で「花の冠(花の中の最も美しい部分、花びらの集合体)」という意味。「人目を引く、美しいスタイルのハイ・コンパクトカー」をイメージしたという。

 世界150カ国以上で販売され、累計販売数は4400万台超。単一車種としては世界で最も売れた車になった。モデルチェンジを繰り返し、現在は11代目。12代目は2018年ごろに発売されそう。

◆心許した「友」のよう タレント・林家ペーさん

林家ペーさん

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 カローラのファンです。きっかけは、うちの奥さん、パー子が歌手郷ひろみさんのファンクラブに入ったこと。以前は、スバル360やセリカとかに乗っていましたが、ひろみさんが五代目カローラ(一九八三年発売)のイメージキャラクターになり、パー子に勧められて、カローラを買いました。

 その後、他の車を挟んだこともありましたが、よく故障したのでカローラに戻った。何台乗り換えたのかなあ。九七年ごろに買った八代目は十五年、十二、三万キロぐらい乗りましたね。「こんな良い車はない」という感じでした。バッテリーは上がらず、燃費も足回りも良い。

 映画「俺たちに明日はない」(六七年、米国)のモデルになった凶悪犯のカップル「ボニーとクライド」は米フォードの車に乗って、フォードの社長に向けて「よく走る車でありがとうよ」と言っていたそうです。私もトヨタの社長にお礼が言いたいですね。「カローラをありがとうよ」って。下取りの価格は安かったけどね。

 車は私とパー子と二人の部屋みたいな存在です。写真がありますよ。二〇〇一年一月六日と撮影日がプリントされています。私とパー子が一緒に写った八代目のカローラ・レビンです。これに一番長く乗りました。スピードが出て小回りが利いて、車体の色はパー子好みのシルバーでね。

 若いころは、東名・名神高速道路で、東京から大阪のテレビ局へカローラで直行ですね。仙台のキャバレーでの仕事も、カローラを運転して。その晩に、東京までとんぼ返りしました。

 二年前からマイカーの運転をやめていますが、私にとっては、車と言えばカローラです。「ビールはキリン」「野球は巨人」と同じぐらい、体に染み付いています。カローラは、英語で「花の冠」だそうですけれど、英語では車のことを「カローラ」って言うのかと思っていた時期がありました。

 芸能人は高級車が好きですね。外国車も。ある仕事で、トリを務める僕がカローラで駐車場に付けて、隣を見たら高そうなドイツ車。誰のかなと思ったら、前座の芸人のだった。私は高級車に興味はありません。足回りが良くて経済的なことが大事。カローラがそれ。一文字で表すなら「友」ですね。心を許した車です。

 (聞き手・小野木昌弘)

 <はやしや・ぺー> 大阪府生まれ。上京して初代林家三平に入門。落語はあまりやらず、余談漫談などを演じる。後輩のパー子と結婚。衣装はピンク色。米大リーグやカメラなど多趣味で知られる。

◆日常の確かな豊かさ 作家・田中康夫さん

田中康夫さん

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 大衆車だったトヨタの車種は、実は「パブリカ」(一九六一〜八八年)ですね。まさにパブリックカー=国民車の略ですから。これに対し、カローラは英語で「花の冠」。そして「ハイ・コンパクトカー」と銘打った。人気を保ち続けるカローラの秘密を解く鍵です。

 車の第一義の目的は人や荷物を目的地まで運ぶこと。裸だと寒くて危険だから服を着る。ひもじいから食べる。でも、食うや食わずではなくなると、お気に入りのデザイナーの服を、おいしくて無添加の料理を求めるようになる。

 これを「スタイリング化現象」と私は呼びました。高度消費社会の中で人々は、第一義の目的以外の要素に新たな価値を見いだすようになる。それが付加価値であり、実体のあるブランド=銘柄となっていく。

 車も同様で、カローラは「ハイ・コンパクトカー」の「ハイ」を冠=付加価値として、「プラス一〇〇ccの余裕」を打ち出した。他のコンパクトカーよりも排気量が一〇〇cc多いから発進が滑らかですよと。日産のサニー(六六〜二〇〇四年)は「隣のクルマが小さく見えます」と挑発的な比較広告だったのに対し、さりげなく消費者の心に訴えるものでした。

 それは「ささやかだけど、確かなハレの気分」。つつましやかな暮らしの中で、お豆腐だけは少し値段が高くても喉越しの良い銘柄を味わう喜びのような。パブリカではケ(褻=日常的なこと)に近くなってしまう。クラウンだと身の丈を超えている気がしてしまう。カローラは、背伸びでも威張りでもなく、日常の中でホッとするもの、数字に換算できない豊かさだったのかもしれません。

 生誕五十年。時代の潮流に合わせて形状などは変えてきたものの、「日常の中のハレ」というモチーフは一貫しています。それはマンネリではなく、持続性だったのです。「新しい普通」を提供し続けていくという。

 西暦二世紀に建立され、今も健在なローマのパンテオンのドーム頂上部の丸い穴「オクルス」が果たすスタビリティー=安定を思い起こします。オクルスは右顧左眄(うこさべん)せず、じっと建物を支えている。カローラも同じ。一見、何の変哲もないように思えて、確かな役割を社会で果たしている。質実剛健。だが無味乾燥ではない、しなやかな存在なのです。

 (聞き手・大森雅弥)

 <たなか・やすお> 1956年、東京都生まれ。『なんとなく、クリスタル』で文芸賞。長野県知事、参議院議員、衆議院議員を歴任。『たまらなく、アーベイン』『神戸震災日記』『H』など著書多数。

◆家族での移動に最適 経済アナリスト・森永卓郎さん

森永卓郎さん

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 カローラは、販売の主流ではなくなってはいますが、コストパフォーマンスの面で優秀な車であることは間違いありません。私も就職して最初に買ったのは中古のカローラでした。その後、何度か乗り換えた中で、カローラに乗っていた時期が一番長いんです。夫婦と子供二人の家庭を「標準世帯」といいますが、うちもたまたまそういう構成でした。家族四人で乗るのにちょうどいい大きさで、荷物も積める。ふわっと走って曲がって止まるから、同乗者も楽なんです。日本の道路を走りやすいよう研究し尽くされているんですね。それでいてサラリーマンにとって手頃な値段です。

 カローラに乗っている人は、車自体に思い入れはないんだと思いますよ。すごく優秀なんですが、とがったところが全くなくて、つまらないのです。私も一人で乗るのであれば、もっとエンジンがうるさくて、ガツンガツン走るホンダの車のほうが、面白くて好きです。でも家族での移動手段と考えたら、カローラ以上の車はない。

 初代が売り出されたのは、私が小学校低学年のころです。それまでは自分で車を持つなんて、夢のまた夢という感じでした。私よりもう少し上の団塊の世代にとっては、車はものすごい憧れだったんですね。その夢をカローラが実現した。高度経済成長の申し子です。団塊の世代はほとんどが標準世帯をつくったから、欲しいものもほぼ一緒で、大量生産大量消費が可能になった。それが高度経済成長の基本構造となったんですね。

 ただ、今後の社会を考えると、カローラにとっては厳しいですね。カローラを生んだ分厚い中流層が、日本からどんどんいなくなっていますから。「若者の車離れ」と言われていますが、欲しくなくなったというよりも、金がないんですよ。そんな余裕がない。一方で、ランボルギーニなどの五千万〜六千万円する超高級車がどんどん売れています。日本でこれから開発される車も、より廉価なものと二極化していくでしょう。

 中流の崩壊だけでなく、三十代後半男性の非婚率がぐっと上がって、家族の形も様変わりしました。カローラが想定しているような構成の家庭自体が少数派になっています。私は、ずっと残ってほしいと思っていますが、難しいかもしれませんね。

 (聞き手・中村陽子)

 <もりなが・たくろう> 1957年、東京都生まれ。東京大卒。独協大経済学部教授。日本専売公社、経済企画庁、UFJ総合研究所などを経て現職。著書に『雇用破壊』『お金が貯まる!45の選択』など。

 

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