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イチローを語ろう

 イチロー選手が、来季も米大リーグ・マーリンズでプレーする。今季、日米通算でピート・ローズ氏の安打記録を上回り、大リーグ3000安打も達成。三人が熱く語るイチロー論−。

 <イチロー> 本名・鈴木一朗。1973年、愛知県豊山町生まれ。92年愛工大名電高からオリックス。94〜2000年、7年連続首位打者。同年オフに米大リーグ・マリナーズへ。01年首位打者と新人王。04年、262安打の大リーグ記録。12年ヤンキース、15年マーリンズへ移籍。16年、日米通算最多の4257安打と大リーグ3000安打を達成。

◆今季の活躍、予感通り NHK大リーグ中継解説者・新井宏昌さん

新井宏昌さん

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 五年ほど前から、イチローが帰国するシーズンオフに、神戸で打撃投手をやってあげています。面白いです。投げてて動きを見ていると、選手の感性や実力が分かります。日本でとんでもない成績を残し、大リーグでここまで打っている人は違うな、といつも感じます。

 毎年投げていて、経年変化は感じていなかったけど、昨年末、あんまりイチローらしくないなと感じました。でも、今年の二月にはがらりと変わっていました。今年の活躍を確信して言いました。「ぜひピート・ローズの4256安打、日米通算ですけれども、それと大リーグ3000安打を打ってほしい」と。

 オリックス以来二十年以上の間柄ですが、記録のことを口に出したのは初めて。昨季成績悪かったですし、四人目の外野手ということで、どれだけ試合に出られるか分からなかったので。彼は「それをモチベーションにして頑張ります」と答えてくれました。

 記録にプレッシャーを感じる選手じゃないと思っていましたが、今回の3000本だけは「早くやっておかないと」と考えていたようです。私は、3000本までNHKで十七日間解説しました。達成後「待たされた」とメールしました。中継スタッフが「泣いてる」と言うので「意外な一面を見た」とも送ったら「僕、泣いてないですよね。汗ですよね」と返事してきました。大変だったろうなと思います。

 イチローももうすぐ四十三歳。四十歳で引退した私は、現役を辞めなきゃと思ったのは、直球のストライクを一試合で何回か空振りしたから。でも、彼は今、若い時と同じように糸を引くような安打、彼しか打てない技の安打を見せてくれている。まだまだ大丈夫ですね。

 体形や脚力、肩の力の維持を続けていることは、並大抵の努力じゃない。オリックスでコーチをしていたころ、彼と五年間同じ練習を続けたことがあります。右足に体重をかけて、泳がされてもバットを振り切る練習です。バットを逆手に持って、何回も何回も。それを毎日。右の方が太ももが太くなった。五年間やって、本人が「もういいですか」と聞いてきた。その前から免許皆伝でしたけどね。

 一日中野球。そんなイチローに伝えたいです。いつまでも間近でバットを振る姿を見ていたい。いつまでも選手でいてほしい。

 (聞き手・小野木昌弘)

 <あらい・ひろまさ> 1952年、大阪府生まれ。南海と近鉄に所属し18年間で2038安打。87年に打率.366で首位打者。引退後にオリックスのコーチとしてイチローを6年間指導。

◆彼こそ「野球の原点」 医師・向井万起男さん

向井万起男さん

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 一九五五年に来日したニューヨーク・ヤンキースの試合を見て以来のメジャーリーグのファンです。歴代の名選手を知っていますが、掛け値なしにイチローのような選手はいませんでした。打撃に絞ってもそうだし、走塁、守備を見ればなおさら。奇跡ですよ。四十二歳であれだけの走力を維持し、レーザービーム(イチローの外野からの返球のこと。レーザー光線のように速く、正確なことからこの名がある)をやっている。

 打撃に関していうと、僕がイチローを好きなのは、がんがん打ちにいくところです。四球で塁に出る気がない。実は、野球はもともと、投手が打者の打ちやすい球を投げることになっていた。打つことがゲームの始まりだったわけです。そういう意味で、イチローのプレースタイルは野球の原点と言っていい。

 ここで重要なのは、どんどん打てといっても、バットにボールを当てられない選手がいるわけですよ。でも、イチローはどんな球でも当てちゃう。内野安打が多すぎると批判された時期もありますが、内野安打にするには当てなきゃ駄目なわけで、最近は批判も減りました。当てる技術は、同じ右投げ左打ちで三冠王二回のテッド・ウィリアムズや首位打者を七回取ったロッド・カルーを上回り、史上ナンバーワンと思います。

 そんなイチローのすごさを示すデータがあります。僕が発見し、朝日新聞で連載中のコラムに一度書きましたが、実はイチローは、打数が一位でありながら首位打者になるという偉業を二回もしている唯一の選手だということです。

 打率は安打数÷打数。打率を上げるには、安打数を増やし、打数を減らすこと。打席で粘って四球を増やせば打数は確実に減るんです。ところが、イチローはとにかく打つ。当然凡退も多いのに、それ以上に安打を打って首位打者になった。安打の中でも単打が多いのが特徴で、シーズン単打数の最多記録を持っています。今のメジャーでは打者の評価の基準が長打を打つことに偏っているのが残念でなりません。

 イチローも日本では長打が多かった。メジャーに挑戦するに当たって、「俺は単打で行く」と決めたんでしょうね。米国仕様に変えた。生き方の軸足がぶれていないと感じます。一年でも長く、思う存分やってほしい。

 (聞き手・大森雅弥)

 <むかい・まきお> 1947年、東京都生まれ。病理学者の傍ら、随筆を執筆。講談社エッセイ賞の『謎の1セント硬貨』や『米国の光と影と、どうでもイイ話』『無名の女たち』など著書多数。

◆人間力で独自の進化 作家・あさのあつこさん

あさのあつこさん

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 イチロー選手がオリックスで頭角を現してきたころ、華奢(きゃしゃ)な体つきが印象的でした。私が漠然と抱いていたプロ野球のバッターのイメージが覆ったんです。それまで野球といえば、高々と打ち上がるホームランや、次から次に三振を取る剛速球など、ぱっと人目を引く「大きな野球」しか知らなかったんですね。イチロー選手の活躍で、野球の面白さは、もっとずっと幅広いものだと教えられました。

 高い技術で左右に打ち分け、ボテボテのゴロも俊足でヒットにするようなプレーは、素人目には地味でも、野球ならではの魅力にあふれています。私が知らなかっただけで、そういうタイプの選手もきっといたのでしょうね。でもはっきり認識できたのはイチロー選手がいたからです。

 彼は初期のころから、自分の野球はこういうものだという部分を冷静に見極め、独自のやり方で進化してきたのでしょう。挫折や試行錯誤を繰り返しながら、周りに流されず、自身の精神と肉体の管理の方法を、自分で編み出してきた。それは神業的でオリジナルなもの。だから大リーガーになっても、ぶれることなく、長い期間にわたって活躍できているのだと感じます。

 イチロー選手は、そうした自分の才能との闘いのほかに、自身に押しつけられる「物語」とも闘ってきたはずです。五輪などを見ていても、スポーツの報道は往々にして「挫折からの復活」や「家族の支え」など、分かりやすい物語で語られがちです。けれど彼のインタビューを見ていると、そういう安易な切り口に迎合しない。

 真に自分の言葉で、答えを探していることが伝わってきます。言葉が貧弱な人ほど、他人の作った物語にからめ捕られてしまう。イチロー選手は、野球の才能だけでなく、人間としての芯があるからこそ、そういう受け答えができるのだと思います。

 私は小説で、野球の天才少年を描いています。書き進めるうちに気になってくるのは、小説の先にある主人公の人生です。「才能に負けないで生きる」ことができるかどうか。どれほど優れたアスリートでも、いつか選手生命は終わりを迎える。それからどう生きるかも、大きな課題のはずです。イチロー選手の人間力は、そういう局面でも、新しい何かを見せてくれるのではと期待しています。

 (聞き手・中村陽子)

 <あさの・あつこ> 1954年、岡山県生まれ。「バッテリー」シリーズは、累計1000万部を超すベストセラー。野間児童文芸賞、日本児童文学者協会賞などにも選ばれている。ほかに時代小説「燦(さん)」など。

 

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