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どんな社会モデルを目指すのか 久原穏論説委員が聞く

 一九八〇年代以降、日本は曲がりなりにもプラスの経済成長を続けてきましたが、国民の幸福度は下降線をたどりました。豊かさは増しても幸せは感じられなかったのです。それなのに成長、成長に必死。国民はますます不幸になるのでは。格差や貧困問題の第一人者といわれてきた橘木俊詔・京都女子大客員教授と進むべき道を考えます。

◆脱成長主義で幸せ優先 京都女子大客員教授・橘木俊詔さん

橘木俊詔さん

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 <久原> 日本は今、先進国で有数の貧困大国になっていますが、安倍政権はGDP(国内総生産、名目値)六百兆円と法外な目標を掲げ、成長一辺倒です。一億総活躍社会といって国民に働け、働けという。橘木さんは近著で新しい幸福論を展開していますが、なぜ今、そう説いたのでしょう。

 <橘木> 内閣府の毎年の世論調査で「何が幸せか」を国民に尋ねています。すると「もうお金ではない。あまりにも物質的な豊かさにとらわれすぎたのが日本だったが、今は心の豊かさ、人生の楽しさにもっと注力すべきではないか」が多数を占める。もう何年も前からです。

 国民が人口減を選択したということは経済減速の道を選んだのと同義です。ゼロ成長でも難しい。財界のあるトップが「2%成長(実質)などもう無理」と発言した。経営者は口が裂けても成長に否定的なもの言いをしない。競争社会の中で会社の存在意義を問われかねないし、社員もやる気を失い、言うことを聞かなくなるからです。そういう財界のトップが政府の掲げる2%成長を否定したのです。

 <久原> 確かに人口減で労働力も家計の需要も減っていくので成長はなかなか難しい。

 <橘木> 自民党や財界のトップは、経済が弱くなるとアジアの中でも発言権が低下するから成長しかないとよく言います。尖閣諸島の領有権を中国が言いだしたのは、GDPで日本を追い越した時です。しかし、私の主張は「そんな覇権なんかいらない。欧州を見てみなさい。小さくて世界的に覇権なんか全然関係ない国、たとえばデンマーク、スウェーデン、スイス、オーストリアは経済的に豊かでみんな幸福度が高い生活を送っている」と。日本は成熟した経済ですから脱成長主義で、そういう国を目指すべきではないか。

 <久原> 日本はどういう社会を目指すのかビジョンがないまま、ただ成長神話だけで突き進んできた。アベノミクスは大企業や富裕層をもうけさせればうまくいくという考え方でしたが、行き詰まっている。今になって同一労働同一賃金や最低賃金アップを言いだしました。

 <橘木> 本当に日本はどういう社会を目指そうとしているのか。私は北欧のような高福祉高負担型の社会が理想ですが、日本では国民の理解は難しいでしょうね。いまだに低福祉低負担。消費税を10%に上げるにも、これだけ抵抗する国ですから。以前の世論調査では「社会保障が充実するなら引き上げもやむを得ない」が多かったが、今は増税賛成は少数。欧州のように20%なんて無理でしょう。国民が判断するならしょうがない。

 <久原> 消費税増税への反対が強まったのは、社会保障と税の一体改革と言っていたのに社会保障改革は置き去りのまま税率だけが上がり続けるのではという不安や、政治家と官僚は約束した痛みを伴う改革を果たしていない反発からでしょう。安倍晋三首相は「再延期はしない」と言っておきながら「新しい判断」とかで再延期を決めてしまった。増え続ける社会保障の財源を一体どうするつもりか。

 <橘木> これまでの日本は企業や家族が福祉の担い手となってきたから国家はそれほど必要なかった。しかし、家族の絆が崩れ、企業のあり方も変容する中で、それらを補う手段を選ばなければならないのです。残された選択は二つしかありません。

 一つは米国流の自立。家族、企業、国家に頼らず、自分の福祉は自分で担いなさいという考え方。もう一つは、欧州流の国家が前面に出てきて国家が福祉の担い手になる道です。近々決めないと暗黒になる。日本人は「負担は嫌だ」と言っていて米国流を目指しているように映る。それは自分のことは自分でしなさいという社会です。

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 <久原> 橘木さんは、欧州型、中でも福祉国家であるデンマークのように社会保障給付の財源は全額税方式がいいと主張してきました。社会保険料中心の日本が税方式に転換するのは容易なことでないと思いますが。

 <橘木> 社会保険料方式の悪い点は格差がそのまま反映されてしまう点。お金持ちはたくさん保険料を払うので給付も多い。少ししか払えない低所得者は給付も少ない。保険料自体払えない人もいる。それよりも国民全員から消費税をとり、国民全員が経済的に安心できる生活を保障する方が良いと思います。

 国民全員に基礎的な医療給付を低負担で保障する英国の国民保健サービス(NHS)にヒントを得ました。デンマークは年金や介護も含め、すべて税方式で行っている。制度が普及した日本で税方式に変えるには二十年、三十年がかりにはなる。

 <久原> 今のままでは経済も福祉も共倒れし「失われた二十年」がまだまだ続く恐れがある。アベノミクス行き詰まりの大きな理由は社会保障などの将来不安。安心できる社会像を示せないかぎり打開できないのでは。

 <橘木> 日本は格差や貧困が深刻です。首相はあからさまに格差という言葉は口にしないが、同一労働などを言いだしたのは多少気にし始めたということでしょう。格差を是正した方が経済成長は高くなると経済協力開発機構(OECD)も言っている。経済を強くするには格差を是正した方がいいとようやく理解したのではないか。日本は税による再分配政策が弱すぎるので、見直すことが重要です。

 格差が小さくて経済が強いのが北欧。逆に格差が大きくて経済は弱いのが日本。大きな所得格差、高い貧困率が日本の成長率を低くしている。逆に脱成長主義は格差是正につながるとの主張が成り立つのではないか。

 <久原> 社会保障だけでなく教育への投資もおろそかにしています。教育が国富につながるという考えがない。

 <橘木> それも米国流に毒された結果です。いい大学に行ったら、その便益を受けるのはあなたなのだから、あなたが教育費を負担しなさい、国家はお金を出しませんと。そうなるとお金持ちとそうでない家庭で受ける教育の質が違ってくる。それがまた次の世代に連鎖する。教育も私的財とみなしているからです。欧州はこの逆で、教育を公共財とみなす程度が強いから国の支出割合が大きい。

 <久原> 今の米国流、成長至上主義が良いのか、結局は政権を選ぶ国民の選択次第です。個人はどう暮らすべきか。

 <橘木> 欧州のような社会もあると知り、意識改革をすることが大事。そして働くことがすべてではない、豪邸に住んでいても家族がバラバラでは不幸かもしれない。家族の結び付きが強く平和な家庭が何より幸せ、と誇れる生き方もある。幸せな生活を送るにはどうすればよいかを自分で真剣に考え、決めなければいけないと思います。

 <たちばなき・としあき> 1943年、兵庫県生まれ。小樽商科大卒、大阪大大学院修士課程修了、ジョンズ・ホプキンス大大学院博士課程修了。京都大などの教授を経て京都女子大客員教授、京都大名誉教授。労働経済学、公共経済学。近著に「新しい幸福論」(岩波新書)。

 <格差と経済成長> 経済協力開発機構(OECD)の2014年の発表によると、格差が拡大した国はその後の経済成長率が低下し、格差是正に取り組んだ国は経済が強固になったという。調査した19カ国で、格差の拡大が経済成長率を引き下げたのは日、米、英、ドイツなど16カ国に上り、アイルランド、フランス、スペインでは、格差の縮小が成長率を引き上げた。

 

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