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憲法9条の未来

 参院選で改憲勢力が三分の二を超え、憲法改正の発議が可能になった。改憲論議がいよいよ本格化しそうだ。焦点は戦争放棄の九条。世界でも珍しい条項の未来は? 終戦記念日を前に考える。

◆不戦のため改憲必要 元防衛相・石破茂さん

石破茂さん

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 「憲法を守れ」と主張される方に「九条を暗唱してください」と言っても、暗唱できる方はあまりおられません。九条を一生懸命「大事だ」と言っていれば戦争はない、というのは一種の信仰の世界です。

 私は、憲法九条の改正は絶対必要だと思っています。しかし「国防軍」に関してはまだ、国民の理解は進んでいません。そんな状況で、いきなり「九条の改正だ」と言って、主権者に判断を求めてはならない。一番大事なのは、国民投票です。国会議員の発議じゃない。「憲法は自分たちの投票で改正できる」「最終的に決めるのは主権者たる自分たち」と知っていただくことが大切です。

 その前提としての教育が必要です。例えば「軍と警察はどう違いますか」。両者の違いは、学校でちゃんと教えられてはいません。国の独立を守るのが軍隊。国民の生命や財産、公の秩序を守るのが警察。全国各地で年に百回以上講演する機会がありますが、この違いを説明できる人はあまり多くありません。

 日本国憲法は、戦後間もなく日本がまだ主権を回復せず、独立していないときに公布された。だから、国家の独立を守る軍隊の規定があるはずがない。極めて論理的な話ですよね。でもその後、日本は独立を果たした。日本国の独立は日本が守らなければなりません。私たち政治家の仕事は、国民の自由や権利を守ること。その国民のための国家を亡きものにしようとする勢力とは、断固対峙(たいじ)しなければなりません。

 自衛隊は九条で「保持しない」とされている「陸海空軍その他の戦力」とは違う、と言われ続けてきましたが、憲法と現実が乖離(かいり)していませんか。多くの学説では自衛隊を違憲だと言い、裁判所は統治行為論(高度の政治問題は司法審査の対象から除くべきだとする理論)で、政府は解釈で合憲とする、この状態が国家として正常ですか。見た目は軍隊、でも軍じゃない、そんなファジーな存在でいいのですか。

 私だって「護憲のハト派」であればラクだろうと思うことがありますよ。しかし、改憲派と呼ばれても「不戦」の気持ちは護憲派と同じです。むしろ、戦いにならないために軍備を持つのです。「持つか、持たないか」のどちらが抑止力たり得るかということです。

 (聞き手・小野木昌弘)

 <いしば・しげる> 1957年、鳥取県出身。慶応大卒。衆院当選10回。防衛庁長官、防衛相、農林水産相、自民党政調会長、党幹事長、地方創生担当相を歴任。『国防』(新潮社)など著書多数。

◆現実的な平和主義を 文芸評論家・加藤典洋さん

加藤典洋さん

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 参院選で改憲勢力が三分の二を超えましたが、国民が改憲にゴーサインを出したとは思いません。安倍政権は改憲という争点をぼかしましたし、国民の関心も低かった。しかし、改憲論議のハードルは確実に低くなりました。安倍政権は改憲へ加速するもう一つのギアを手に入れたと言っていいでしょう。

 安倍政権が進めようとしている改憲論議には大きな問題があります。論議の手前の話になりますが、憲法審査会のあり方です。本来の審査会は憲法に基づき個々の条文につき「変えるか、解釈変更で済むか」を検討するもの。今なら、安保法が合憲か違憲かを論議すべきです。自民党の改憲案をたたき台に、九条だけでなく基本的人権、緊急事態条項など併存する課題をひとくくりにして憲法全体を変えようなどというのは一種のクーデター。改憲論議が審査会の設立趣旨から外れていないか、法的な正当性があるかを、まず議論しなくてはなりません。

 僕自身は九条には問題があると考えます。戦争を放棄し、戦力を持たないと言いながら、自衛隊をつくり、米国の核の傘に入り、米軍基地の存在を許す。誰が考えても矛盾しています。日本の政治は親米・軽武装・経済志向という吉田茂政権以来のドクトリンを守ってきましたが、そういう弥縫(びほう)策ではもう無理です。一つは、自衛隊員の身分保障があいまいなことによる問題発生が安保法で現実味を帯びてきたこと。もう一つは沖縄。米軍基地集中による負担感が限界に来ています。

 しかし、安倍政権が進めようとしている、ナショナリズムに立った改憲には脈がない。戦後の国際秩序を否定することになり、国際社会での孤立を招くこと必定だからです。現実的な平和主義を徹底するよう、九条を改めることが唯一の活路になる。僕は日本の陸空海軍の戦力を国連待機軍と国土防衛隊に分けることを提案しています。交戦権を国連に移譲することで国連中心主義を明らかにする一方、国民の自衛権を認めます。

 護憲派のように対案がないのは怠慢。より悪くなるのを避けるだけでは、若者をはじめ国民の多くが政治への関心を失い、日本の政治が死んでしまいます。リベラル・革新系はいまや、現実にぶつかることを通じて理念を強靱(きょうじん)なものにしていく新しい行き方を考えるべきなのです。

 (聞き手・大森雅弥)

 <かとう・のりひろ> 1948年、山形県生まれ。早稲田大名誉教授。昨年の『戦後入門』(ちくま新書)で憲法9条改正の私案を発表し話題を呼ぶ。近著は『日の沈む国から』(岩波書店)。

◆大戦の反省忘れずに 学習院大教授・青井未帆さん

青井未帆さん

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 三分の二の議席を選んだのは有権者ですが、今回の参院選は、憲法をテーマにした選挙ではありませんでした。与党は、選挙期間中から改憲のことをきちんと語り続けるべきでした。首相は選挙後、自民党の改憲草案をたたき台に改憲議論を始めると言いました。草案では、九条の一項(戦争放棄)はそれほど変わっていません。問題は、自衛権を明文化した二項と、国防軍創設を盛った新条項です。

 日本国憲法の出発点を決して忘れてはいけないと思います。太平洋戦争への反省から、明治憲法下でできなかった軍事力のコントロール。そして、不戦の誓いのアジア諸国への宣明(約束)。政権は、この二つを忘れているというか、忘れたがっていませんか。集団的自衛権の行使を容認する閣議決定や安保法制は、改憲発議ができる状態になってから提起すべきだった。順序が逆でした。

 もちろん、憲法改正手続きがある以上、絶対に指一本も触れてはいけないということではありません。九条を改めて国の形を変えることについて、十分な議論の蓄積があるか、しかるべき手続きを踏んで判断できる状況がつくられるのか。

 十分な議論の重要性は、英国の欧州連合(EU)離脱の国民投票がよく示しています。離脱のメリットとして挙げられていたことが、離脱が決まった途端に「そういうことはありませんでした」となりました。気軽に票を投じてはいけません。

 九条を改めるなら論点はたくさんあって難しいけれど、改憲したがっている人たちは、恣意(しい)的に簡単な言葉に置き換えます。「他国が攻めてきたらどうするんだ」「そうなると大変だ。何とかしなければ」と。そういう分かりやすい議論には絶対に落とし穴があります。

 五五年体制下の自民党と社会党は改憲と護憲の対立軸そのものでした。今はもっと複層化し、護憲の意味が変わってきていると思います。憲法九条の条文を守ることが、私たちの「目的」ではありません。目的は、国家権力の暴走を抑制して、自由をどうやって守るかなのです。

 平和を最終的に支えているのは、平和に対するアタッチメント(大事に思う気持ち)だと思います。これをどうやって次の世代につなげていくかが、九条の未来へのカギを握っているのではないでしょうか。

 (聞き手・小野木昌弘)

 <あおい・みほ> 1973年、千葉県生まれ。国際基督教大卒。東京大大学院博士課程単位取得満期退学。専門は憲法学。信州大准教授などを経て現職。『憲法と政治』(岩波書店)など著書多数。

 <憲法第9条> 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又(また)は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

 (2)前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 

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