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考える広場

ウルトラマンのいる国

 特撮の初代ウルトラマン放映開始から、あす十七日で五十年。テレビの前で一喜一憂した少年たちは六十歳前後になった。二十一世紀の今も続く「ウルトラマンシリーズ」は長寿のヒーロー番組だ。

◆銀色の宇宙人に驚き 俳優、シンガー・ソングライター・京本政樹さん

京本政樹さん

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 「ウルトラマン」が放送される直前、小学一年生で最初にその写真を見た時、「何だこれは」と思いましたよ。それまでのヒーローは月光仮面、鞍馬天狗(てんぐ)、七色仮面ですから。全身銀色で巨大らしい。M・78星雲から来た宇宙人?って。何が何だか分かんない。けど、新しい。

 実際にシリーズと関わるようになったきっかけは、一九八〇年代前半でしたが、シリーズに出演された多くの先輩俳優と共演したことです。当時はテレビシリーズが途絶えた時期。先輩方から勧められたこともあって「新シリーズがあるならやりたい」なんて思うようになった。そんなことを公言しているうちに当時制作中だった「ウルトラマンをつくった男たち 星の林に月の舟」に出ないかと誘われました。友情出演の形でウルトラマンのスーツアクター役を演じたんです。

 その時、初めて円谷プロに行ったんですが、着る予定のスーツを見た瞬間、「あれ、これ違うな」って言ったんです。「これ目を黄色く塗ってますね。当時って透明じゃなかったですか」と。そんな提案を次々出したことで認められ、フィギュアシリーズを出すなど造形に関わるようになりました。

 ウルトラマンシリーズには独特の世界観があります。それは、ウルトラマンがM・78星雲から来たという発想です。その生物がどんなものかを考えた時に、今までのヒーローとは全く違う方向に行った。マントもなければサングラスも着けてない、ターバンもしていない。出てきたのが銀色の宇宙人です。実は、ウルトラマンの最初の造形はカラス天狗に似ていました。それはゴジラの延長に見えます。人間が考えることって普通そっちの線だと思うんです。それを全く、なしにしてしまった。驚くしかありません。

 僕は今のデザインを考えた成田亨さん(故人)になぜそうしたのか伺ったことがあります。「いろいろ考えたが分からなくなって、全部そぎ落としたんだよ」とおっしゃってました。手や足の赤い模様も、人間にとって一番大切な胸、腹、脚などを削って残ったものだったそうです。外国人には「この体は宇宙服なのか、皮膚なのか」と質問されて困ったことがありましたけど(笑い)。この発想、世界観を大事にして将来につなげてほしいと思います。

 (聞き手・大森雅弥)

 <きょうもと・まさき> 1959年、大阪府生まれ。俳優としては時代劇を中心に活躍。音楽では最新CD「Doubt」が販売中。ウルトラマンのフィギュアのプロデュースなどでも知られる。

◆子らに夢与える役目 初代「ウルトラマン」のスーツアクター・古谷敏さん

古谷敏さん

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 「主人公は、科学特捜隊のムラマツ隊長でもウルトラマンに変身するハヤタ隊員でもなくてウルトラマン」「だから主役は着ぐるみに入る古谷君だよ」と東宝に口説かれました。三船敏郎さんの十四年後輩の東宝ニューフェイスでしたから「顔の出ない主役? 俳優としてありえない」という思いでした。

 「身長四〇メートルの宇宙人ヒーロー」という前代未聞の設定。米国の「スーパーマン」とも日本の「月光仮面」とも違います。「どう動くか」は監督もカメラマンも僕も暗中模索。いろいろ考えて、大好きなジェームズ・ディーンが、米映画「理由なき反抗」(一九五五年)の格闘シーンで身構えるポーズを拝借しました。腰を引いて背中を丸めるあれです。防御の姿勢です。

 スペシウム光線を発するまでのウルトラマンは、ちょっと弱々しい面もありました。撮影現場に殺陣師はいなかったし、宝田明さんみたいなメロドラマ志向だった僕に、スタントマンの素養はなかったし。本番中に「これから投げるから」と怪獣に小声を掛けて戦っていましたけど、大体は「流れ」でした。

 僕のヒーロー像は「かっこよくて、優しくて、人を思う」。怪獣を倒す強さを強調するのではなくて「こいつをやっつけるのは正義か」という悩みも投げ掛けたつもりです。例えば、宇宙飛行士が遭難して巨大化した「ジャミラ」。これは怪獣じゃなくて人間です。スペシウム光線を使いませんでしたが、結局は倒した。ウルトラマンも葛藤に苦しんだのです。

 水中で両目の穴から水が流れ込んで息ができなくなったり、爆発シーンで着ぐるみの中が猛烈に熱くなったり、その危険さが周囲に分からなかったりとか、アナログな特撮は大変でしたが、本物感がありました。コンピューターグラフィックス(CG)主体の今の特撮は、ゲーム感覚かな。「ウルトラマンを見ていじめを克服した」とかの生々しさがないかもしれない。

 撮影中「ウルトラマンと怪獣のプロレスごっこ」と新聞に書かれて嫌になり、辞めようと決めた朝、撮影所へのバスで「ウルトラマン、かっこいい。早く次の回を見たい」と話す小学生たちと乗り合わせました。子らに夢を与えるのがヒーローの役目です。僕はバスの子どもたちに元気をもらい、全三十九話を演じきることができました。

 (聞き手・小野木昌弘)

 <ふるや・さとし> 1943年、東京都生まれ。66〜67年に初代「ウルトラマン」全39話を演じ、67〜68年「ウルトラセブン」では地球防衛軍のアマギ隊員役。近年は「ギララの逆襲」(2008年)など。

◆正義のあり方を問う 評論家・神谷和宏さん

神谷和宏さん

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 ウルトラマンは一九六〇年代という時代性の中から生まれました。当時の日本は敗戦というマイナスからスタートして、ものすごい勢いで復興しているところ。良くなったことの方が圧倒的に多かったと思いますが、急激な変化の中で犠牲になったもの、忘れられていったものがありました。それらが怪獣に表象されたのだと思います。

 現実の出来事を比喩的に異形に仮託するというのは古事記の昔からあって、須佐之男命(すさのおのみこと)が退治した八岐大蛇(やまたのおろち)は天災の比喩だとされています。世界的にも、古代バビロニアのギルガメッシュ叙事詩は、自然の象徴であるフンババという怪物を倒して文明を形成していく話です。

 その流れをくむのがゴジラです。戦前は精神主義的だった日本人が戦後、ころっと転向して敵であった米国にならい合理主義、科学的思考を目指す。戦争で死んでいった人たちの「俺たちは何のために死んだんだ」という思い。それがゴジラという形になった。

 そんな第一作のゴジラの精神を純粋に受け継いだのが、ウルトラマンシリーズだと思います。それまで日本にあった価値観が近代合理主義によって徹底的に排除されていく様子を描きました。「ウルトラマン」の第三十話「まぼろしの雪山」では、自然の象徴のような女の子が正体の知れないものとして排除されそうになります。その究極の形として、「ウルトラセブン」の第四十三話「第四惑星の悪夢」では、科学や合理性の固まりであるコンピューターが人間を支配しています。

 今、僕たちはその世界に片足を突っ込んでいると思います。科学や合理主義はすべてを数値化、言語化しようとします。今や正義も数字で測られる。民主主義は多数かどうかの勝負ですから。もちろん多数決でいいのですが、大多数で間違った選択をする可能性もあります。謙虚さを忘れてはいけません。しかし、今や数字に表れた結果が絶対という考え方が定着しつつあるのです。

 でも、日本はもともと多神教的で、いろんな真理、正義があっていいという共存共栄の考え方をしてきました。まさにダイバーシティー(多様性)の国なのです。そういう国に生まれたヒーローとして、ウルトラマンは正義のあり方を問うてきたし、これからも問い続けるでしょう。

 (聞き手・大森雅弥)

 <かみや・かずひろ> 1973年、北海道生まれ。表象としての怪獣を考察する「怪獣表象論」を研究。著書に『ウルトラマン「正義の哲学」』『ウルトラマンは現代日本を救えるか』など。

 <ウルトラシリーズ> 1966年1月から放映された「ウルトラQ」に続いて66年7月から「ウルトラマン」がスタート。67年「ウルトラセブン」、74年「ウルトラマンレオ」、80年「ウルトラマン80(エイティ)」などでいったん終了したが、平成に入って96年「ウルトラマンティガ」で復活。現在は「ウルトラマンオーブ」を放映中。

 

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