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危機にある?民主主義 豊田洋一論説委員が聞く

コラージュ・河内誠

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 参院選が公示され、来月十日の投開票に向けて選挙戦の真っ最中です。安倍晋三首相は自らの経済政策「アベノミクス」を最大の争点に掲げますが、政府の憲法解釈を一内閣の判断で変え、立憲主義を破壊したと指摘される政治手法も、併せて問われます。日本の民主主義は今、危機にあるのでしょうか。東京大の森政稔教授とともに考えます。

◆「参加」と「抵抗」失うな

 豊田 参院選では消費税率10%への増税見送りに加え、成長重視の経済政策、立憲主義を蔑(ないがし)ろにした憲法解釈変更や集団的自衛権を行使するための安全保障関連法の成立強行など首相の政治姿勢も問われます。「改憲勢力」が参院でも三分の二以上の議席を得て、憲法改正に道を開くのかも注目されます。参院選では何を重視すべきですか。

 森 憲法改正と立憲主義を守るかどうかは本当に重要で、第一に問われるべきです。もう一つはアベノミクスの成否です。私としては両方とも政府のやり方には疑問を持っています。

 豊田 選挙では公約に対して一括して支持・不支持を決めますが、実際には経済政策は支持するが、憲法改正は反対という場合もあり得る。改正に道を開くか否か微妙な政治状況で、有権者が反対しにくい増税見送りを掲げて政権への支持を得ようとするのは禁じ手ではないか。

 森 憲法と経済は異なるレベルの問題なので混同すべきではありませんが、結局、併せて問われてしまいます。政権側は参院選に大勝すれば憲法改正の方向が信任されたと言うつもりでしょうから非常に重大です。

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 豊田 日本では今、投票率が低下する傾向にあります。これは主権者が権力を有し、行使する民主主義の危機です。低投票率は「政治不信」ではなく、むしろ「政治過信」ではないのか。お任せ民主主義では何も変わらず、いずれ不利益を被ることになるかもしれません。

 森 投票率が低ければ、議会で多数を得た政党も、実際は少数の有権者が支持したにすぎません。少数が全体を支配するのはやはり問題です。低投票率は通常、政治不信が原因とされますが、政治過信の可能性もあるというのは面白い考え方です。政治に強い関心はないけれど、自分が投票しなくても、そんなにひどいことにはならないという低いレベルでの政治への信頼があるのかもしれません。

 豊田 低投票率の背景には選挙に行っても政治は変わらないとのあきらめに加え、投票したくなる選択肢を政党や候補者が示せていない事情もあります。参院選で、野党四党は改選一人区で候補者を一本化しました。安保関連法廃止や立憲主義回復以外の政策では完全に一致しているわけではありませんが「安倍政治」に代わる選択肢を示したことには意義があります。

 森 民主主義には「参加」と「抵抗」の両面があります。野党にとって参加とは与党に代わるオルタナティブ(代替)となること、抵抗とは政府の独走を許さないことです。政治改革ではオルタナティブだけが過度に強調されましたが、与党の暴走を止めるのは野党の一番重要な使命です。オルタナティブを目指すには非常に長い時間を要します。高齢化や過疎化、多文化社会化という問題に地道に取り組む努力が必要です。政権に就く能力がないからと政党を放逐してしまうと、一つの政党にフリーハンドを与えることになります。有権者の投票行動にも節度やバランス感覚が必要です。

 豊田 選挙権年齢が「十八歳以上」に引き下げられます。若年層の投票率は相対的に低いのですが、有権者数が増えることで、高齢者層に手厚い「シルバー民主主義」を変える契機になりますか。

 森 シルバー民主主義という発想自体が無意味です。高齢者は富裕で特権的だと指摘されますが、経済的に貧困な老人もいっぱいいます。若者の投票率を上げるのはいいけれど、シルバー世代に出しゃばるなと言うのもばかげている。平和憲法や立憲主義を守れと頑張るお年寄りも多く、この世代を切り捨てると非常にまずいことになる。世代間の平等や公正は議論すべきですが、高齢者を敵にしない形で論じる必要があります。

森政稔(もり・まさとし)さん 1959年、三重県生まれ。東京大法学部卒。同大大学院博士課程中退。筑波大社会科学系講師などを経て、現在、東大大学院総合文化研究科国際社会科学専攻教授。専攻は政治・社会思想史。著作に『変貌する民主主義』『迷走する民主主義』(ちくま新書)など。 

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 豊田 原発や安保関連法では国会周辺で大規模なデモが行われました。投票は有権者にとって最も重要な意思表示ですが、デモも重要な政治参加です。

 森 デモのような意思表示はそれ自体に意味があります。一九六〇年の安保闘争では自民党支配は結局、崩れませんでしたが、当時の岸信介首相は安保条約成立と引き換えに、辞任せざるを得ませんでした。真剣に怒っている人がいると示すことは、非常に意味のあることなのです。

 豊田 安倍首相は国会での数の力を背景に、議論を通じてよりよい結論を得る「熟議」を軽視しているようにも見えます。

 森 大いに問題ありです。熟議の軽視は、安倍政権はもちろんですが、政治改革論議の大きな欠点です。小選挙区制で競わせて、勝った与党に公約集の内容を実現させることが民主主義だという、かなり粗雑な話を政治学者たちが流布させました。日本の戦後政治では熟議に代わり、与野党間や自民党内の派閥間で妥協や調整過程がありましたが、政治改革がそれをつぶしてしまった。少数の意見が内閣の方針となり、誰も抵抗できないという問題が出てきました。

 豊田 九〇年代の政治改革では英国の政治制度を手本に小選挙区制が導入されました。政権交代可能な二大政党制を目指した制度ですが、多くの民意が切り捨てられる問題があります。

 森 勝者総取りは問題です。小選挙区制は初期資本主義の階級社会とか、資本家と労働者の対立が分かりやすい局面では使えたかもしれませんが、非常に多様化している現代にはふさわしくありません。手本となった英国には長い伝統があり、特殊な条件もあって定着していますが、その英国でさえ、最近は第三党の重要性が指摘されています。小選挙区制は時代に逆行するような導入だったわけです。

 豊田 多様な民意を反映するには、比例代表の要素を加味した制度の方が望ましい。

 森 私もそう思います。比例代表重視だと多党化して連合政治になり、政治家や政党間の調整に委ねられます。これを不満に思う人もいますが、複雑な社会で生きることには、そういうコストも含まれます。分かりやすい解決の方がより危険です。社会にはさまざまな意見があり、自分の意見がそのまま通ることはないと認めながら諦めずにやっていく。それが成熟です。

 豊田 政治家も政党もじっくり育てる必要があるのに、有権者の側も、短期的な利益や成果を求めて、長い時間をかけて育てるプロセスを放棄してしまっているのではないか。

 森 それは資本主義の変化からも影響を受けています。短期的利益の追求やトップダウン式のコーポレートガバナンス(企業統治)など、本当に良いかどうか分からない私的な企業の手法が、公的な領域に持ち込まれています。こちらの方が、より問題です。

 豊田 複雑な社会を生きるためにも議論を尽くし、より良い結論を得る。それが本当の成熟した民主主義の姿だと思います。

 <政治改革> リクルートや東京佐川急便事件などの金権腐敗事件を受けて、政権交代可能な二大政党制を目指して1990年代に始まった政治制度の改革。政策決定を官僚主導から政治家主導に改めるため、英国を範として、小選挙区制、党首討論、副大臣・政務官制度や、政府への与党議員の参画、野党では「影の内閣」などが採用された。

 

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