トップ > 特集・連載 > 考える広場 > 記事一覧 > 記事

ここから本文

考える広場

目くじら社会―なぜたたくのか

コラージュ・浅野裕作

写真

 個人、団体の情報発信や行動がインターネット上で批判を招く「炎上」が頻発している。言動が目立つだけで非難される場合もあり、何かと目くじらを立てられる時代だ。なぜたたくのか。どう対応すべきか。

◆多様な意見増やそう 歌手・エッセイスト・アグネス・チャンさん

 私が香港出身で児童ポルノの規制に熱心だから、中国を嫌う嫌中派と児童ポルノ規制反対派から激しくたたかれてきました。彼らにとって私は自分たちの世界を壊す脅威であり、恐怖さえ感じるようです。

 「中国人だから嫌い」とか「児童ポルノをなくそうとしているから死ね」って直接言ってくるのはまだいいんだけど、「アグネスは中国のスパイ」「ユニセフ(国連児童基金)の活動で子どもたちから搾取している」などとうそを書いたり、家族のことでデマを流したり、周りから攻撃してくる人がいる。本当につらくなります。また、昨年、中学生がネットに私を殺すと書き込んで逮捕されましたが、犯人が子どもだったことで本当に悲しくなりました。

 彼らは匿名の世界に守られていると勘違いしている。ネットには人間の悪い部分を拡大するマイナス作用があり、彼らはそれにより仲間をつくっている。だから私をたたいてフォロワーが増えれば、自分は人気者だ、みんな同じ気持ちなんだと思えて、所属感みたいなものが得られる。結局、彼らは孤独で、どこか寂しいんだと思います。

 行き過ぎた「たたき」を減らすには、まず多様な意見を増やすことだと思います。批判が「やり過ぎ」だと思ったら、そう書き込んでほしい。そういう人が増えれば状況は変わるはずです。でも、多くの人は黙っているんですよね。日本人は控えめというか、「陰ながら応援する」のが好きみたい。でも、表でも応援してほしい(笑い)。

アグネス・チャンさん

写真

 最近は有名人のちょっとした言動がたたかれますね。感じるのは、日本人が子どもをしつけるときに言う「人に迷惑を掛けるな」という言葉の影響です。とてもいい言葉ですが、その結果、みんながおびえながら生活している感じ。それは、迷惑を掛ける人への攻撃を正当化する理由にもなっている。でも、私たちは互いに迷惑を掛け合って生きているんじゃないですか。子どもがうるさい。それは迷惑なことですか? 年を取れば世話が要ります。それも迷惑ですか? 決して迷惑じゃない。みんな大切な命なんですよ。だから、こう言い換えるべきです。「生きているということは、空気を吸うだけでも迷惑なんだ。だからこそ、どう社会に恩返しをするか考えよう」と。互いに寛容の心を持ち、支え合いましょう。(聞き手・大森雅弥)

 1955年、香港生まれ。72年日本での歌手デビュー。米スタンフォード大大学院修了。教育学博士。ユニセフのアジア親善大使。近著は『スタンフォード大に三人の息子を合格させた50の教育法』。

◆反響ないより面白い ジャーナリスト・田原総一朗さん

田原総一朗さん

写真

 炎上ですか。僕には、たくさんあります。一つはやっぱり田中角栄元首相。ロッキード事件無罪論。雑誌で連載したら、非難ごうごう。それから、政官界に未公開株が出回ったリクルート事件。「正義の罠(わな)」というタイトルで、「あれは、冤罪(えんざい)だ」と、雑誌に連載した。この事件で竹下登政権がつぶれたわけですけれども、有罪にしたのは、検察の間違った正義だと書いた。当時はインターネットがなくて、電話や手紙が山ほど来た。

 有罪が確定した鈴木宗男さん(受託収賄罪など)や堀江貴文さん(証券取引法違反罪)の無罪論を書いた時などは、僕の家に脅迫の電話がたくさんかかってきました。男の声で「殺すぞ」とか。気持ち良くはありませんよ。もちろん。覚悟はしていましたけどね。

 右翼の街宣車が、家の前に十台ぐらい来たことがあります。「田原を追放しろ」と四十〜五十分。僕は家にいたので、出て行きました。「こんな所でやったって意味ないじゃないか」と、都内に大勢集まってもらい、彼らと討論会をやりました。

 僕は、ジャーナリズムは「波風を立てるものだ」と思っています。今、マスメディアが弱体化してコンプライアンス(法令順守)と言っていますが、違うんですね。クレームが怖いんです。昔は、テレビ局ならば、担当者が謝って終わった。今はネット。管理部門や外にまで回って、全社や社会が大騒ぎになる。だから「なるべくクレームの来ない番組を作ろう」となる。だから、無難になって、テレビが面白くないわけですよ。

 「炎上度」「目くじら度」は昔も今もそう変わらない。今の方が怖がりすぎている。番組「朝まで生テレビ!」を長くやっていますが、僕は「テレビの解放区」と呼んでます。「何でも言っていい」と。炎上は悪いですか。面白いじゃないですか。無視されるより。「けしからん」という意見が来たら、それをテーマにまたやればいい。

 炎上は、いつまでも続くわけじゃない。スポンサーに百本クレームが行っても、元をたどれば一人っていう可能性もある。一人が百回やれば百本ですからね。炎上させている人に言いたい。出てきて、討論しようと。「朝生」でもそう。クレームが来たら、本人に出てもらう。炎上は、一つの反応です。反響がないより、炎上した方がいい。(聞き手・小野木昌弘)

 <たはら・そういちろう> 1934年、滋賀県生まれ。早稲田大卒。東京12チャンネル(現テレビ東京)を経てフリー。「朝まで生テレビ!」などで型破りの活躍。『原子力戦争』ほか著書多数。

◆背景に同質性の高さ 精神科医・岩波明さん

岩波明さん

写真

 ここ数年、日本社会では不寛容な人、他人を好んで非難する人が顕著に増えたと思います。その心理は、やはり現実世界での不満足感や嫉妬の裏返しというケースが多いと考えられます。ネットでバッシングをする側は、その時、絶対的な権力者になれる。人を裁く快感の味を知ってしまうと、正義派を装いつつも、バッシングすること自体が目的化してしまう。内容は何でも構わないわけです。

 もともと人間には、このような傾向があることは確かです。ただ、SNSなどのツールが発達したことで、誰にでもバッシングが容易になり、範囲と対象も広がりました。

 ベッキーさんの不倫騒動は、三十すぎの女性が妻のある男性に恋をするという、誰にも起こりうる話です。個人のトラブルであり、他人から人格否定までされるのはおかしい。三年前、みのもんたさんが批判された時も同様でした。週刊誌とネットが呼応して、「極悪非道の大悪人」のように書きたてました。一つの意見が主流となり、固定化されてしまうと、なかなか覆すことは困難です。正当な反論が許されなくなり、皆が飽きるまで同じ論調が続くわけです。

 こうした背景として、日本社会の同質性の高さがあります。皆同じように考え、理想とするライフコースもかなり一致している。すると、そこから外れた人物が優秀であっても問題視されやすい。価値観が多様ではないため、集団心理的に同じ攻撃をしてしまう。

 社会も明らかに不寛容になりつつあります。コンプライアンス(法令順守)重視の中で、職場の締め付けも厳しくなりました。かつては問題にもされなかった、ささいなミスや不祥事でも糾弾される。企業は評判を気にして、クレームがあれば過剰に反応する。問題視されるレベルの閾値(いきち)が下がり、他人を非難しやすい背景ができあがっています。

 当然、個人の規範意識のレベルは引き上げられます。その結果、騒動に便乗する人だけでなく、本当に正義感からバッシングをする人も出てくる。そうなると、相乗効果でバッシングはさらに激しくなります。今の日本は平均からはみ出さない人畜無害で面白みのない人物しか表に出られなくなりつつある。問題発言を繰り返すトランプ氏のような人が表舞台で活躍する米国の方が、より健全かもしれません。(聞き手・樋口薫)

 <いわなみ・あきら> 1959年、神奈川県生まれ。東京大医学部卒。昭和大医学部精神医学講座教授。2015年から昭和大付属烏山病院長を併任。著書に『他人を非難してばかりいる人たち』など。

 <ネット炎上> 個人や企業などの言動、情報発信に関し、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)などで批判的な意見が集中すること。田中辰雄・山口真一両氏の『ネット炎上の研究』(勁草書房)によると、日本での炎上件数は、リスクコンサルティング会社エルテスのデータに基づいて年間400件以上と推定されるという。最近では、熊本地震をめぐる有名人の言動を道徳的に非難する「不謹慎狩り」が話題になった。

 

この記事を印刷する

新聞購読のご案内

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山

Search | 検索