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考える広場

ニッポン人の働き方 上坂修子論説委員が聞く

◆倫理なき企業は去れ 日本労働弁護団幹事長・棗一郎さん

コラージュ・河内誠

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 政府は「一億総活躍プラン」に、長時間労働の是正と、仕事の内容が同じなら賃金も同じとする「同一労働同一賃金」の実現をうたいました。ともに「欧州並み」を目指すとの目標を掲げましたが、実現への道筋は見えません。多くの労働裁判を手掛けてきた棗(なつめ)一郎・日本労働弁護団幹事長と、日本人の働き方について考えました。

 上坂 日本人の働き過ぎは先進国の中でも最悪のレベルです。国際労働機関(ILO)によると、週当たりの労働時間が四十九時間以上の長時間労働者の割合は日本は二割超。フランスやドイツのほぼ倍です。この背景に何があるのでしょうか。

 棗 一番の原因は経営者が駄目だということではないですか。働く人の労働時間は、労働基準法で法定時間制をとっています。一日八時間働くというのは、ILOの一号条約に古くからあり、世界共通のルール。八時間働いて、八時間はプライベートな時間、残り八時間は寝る。それが人類共通のスタイルで、奴隷労働制を克服してきた歴史がある。

 日本が世界水準に追いついたのは一九九七年。労基法で一日八時間、週四十時間と定められた。やっとこの段階にきて、これからちゃんとやりましょうということになったのに、日本の経営者、労働者側も、基本的なルールを守ろうという意識があまりにも希薄です。

 上坂 過労死の背景にある長時間労働の問題はかなり前からいわれていますが、改善されているとはいえません。過労自殺は過去最多を更新しています。

棗一郎さん

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 棗 過労死をなくすには、経営者がリーダーシップを発揮して、撲滅に取り組まなければならない。また、組合、労働者の方も長時間労働を強いる経営者に対して甘すぎるんじゃないか。健康を壊すような長時間労働を、労働者側のほうが望んで認めている場合もある。中小企業だけでなく、大企業も例外ではありません。労働者の命と健康に対する配慮が、労使共に足らないと思います。

 上坂 政府のプランには、法規制の執行強化や時間外労働を認める労使協定の検討を始めることが盛り込まれました。

 棗 具体的に有効な規制が盛り込まれたわけではない。「法規制の執行強化」といっても何をするのかよく分からない。規制の実効性を持たせるのは指導監督の強化ですが、それを支える実態が伴っていない。今だって違法な長時間労働があって残業代を払っていない企業がいくらでもある。ところが、労働基準監督官が足りない。東京なんて一人、何千企業を担当しているわけですよ。監督官は一生かかっても回りきれないって言っていますよ。監督官を増やすとか、臨時で職員を増やすとか、いろいろな方策をとらないと監督強化なんかできない。

 時間外労働も三六協定の特別条項で“青天井”になっている。それを協定はなし、特別条項はなしとすれば、かなり縛りがかかるので、いいと思うが、そんなことはやらないでしょう。使用者団体や企業側は猛烈に反対しますから。

 上坂 日本労働弁護団は欧州を参考に総労働時間の罰則付き上限規制や「勤務間インターバル規制」を導入することを提言しています。

 棗 長時間労働をなくすために何がいいのかといった場合、法的な制度として欧州が先にやり、ある程度効果が出ているこの二つの制度ではないかと。一日の労働時間の上限は十時間とし、年間の残業時間の上限を二百二十時間にする。それとセットで、勤務終了から次の勤務開始までに連続十一時間以上の休息時間をとらせなければならない規制を設ける。そして管理職、裁量労働制の対象者含めすべての労働者に適用するようにすれば効果はあると思います。

 上坂 経済界は、総労働時間の上限規制について「産業により労働時間の状況は異なり、一律の法規制はなじまない」と反対していますが。

 棗 そこは一定のルールでやればいいだけです。競争が激しいとか会社の経営が苦しいということもあるだろうし、仕事の繁閑もあるだろうから、ある程度の残業は仕方ないと思う。でも、百パーセント納得いかないのは、労働者、人の健康と命を犠牲にしてまで、売り上げを立てないといけないとか、業務を回さないといけないとか。それって本当に殺人マシンじゃないですか。そういう企業は社会の公器としていらない。経済市場から退場すべきだと思います。

 上坂 政府は働き過ぎを是正すると言いながら、長時間労働を促しかねない「残業代ゼロ制度」の導入を目指しています。矛盾しています。

 棗 明らかに政策矛盾で、信用できないです。ホワイトカラー・エグゼンプション(残業代ゼロ)導入と裁量労働制の拡大を盛り込んだ労働基準法改正案を昨年の通常国会に出した。今年の通常国会でまともに議論したらいいのに、審議入りすらせず、野党との対決法案になるのを避けた。臨時国会に先送りしたわけですよ。選挙のために。

 加えて、これまで労働側が言ってきた要求を全部、うわべの言葉だけ拝借して、最低賃金を全国平均で時給千円にするとか、同一労働同一賃金を実現するとか、長時間労働の是正とか唱えている。うそを言うなといいたい。今まですべて逆のことをやってきて、選挙前になってこんなこと言うのかと。

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 上坂 プランには同一労働同一賃金の実現も盛り込まれました。正社員に対する非正規労働者の賃金水準は、欧州の八割程度に比べ、日本は六割弱と低いが、これで非正規の待遇改善につながるのか疑問です。

 棗 日本は非正規を使うときの発想が欧州と全く違う。日本は非正規というのは正規の働き方ではないので、処遇が低くてもいい。要するに身分社会ですよ。欧州は逆で、非正規で雇用が不安定で短期間しか雇えないなら、待遇は上げていかなければいけないという発想です。

 日本は、労働者の半分近くが非正規で働くという労働市場になってきているのに、ずっと差別を放置してきた。今ごろ格差の是正と言っても遅い。

 やっと民主党政権の時に労働契約法二〇条が入り、有期の直接雇用の人について、不合理な労働条件の相違は禁止した。そして昨年、パートタイム労働法が改正された。

 上坂 プランは「不合理な待遇差」を示す指針の策定や、労働契約法などの改正を検討するとしています。

 棗 本当に選挙向けの政治的プロパガンダだと思います。言葉が並んでいるだけで実効性は何もない。指針を作っても強制できる立法がないと意味がない。誰が従うのか。また、派遣労働者にも適用するとのことですが、昨年の改正労働者派遣法の審議で「同一労働同一賃金推進法」の均等待遇を否定し、骨抜きにしたのは与党です。

 パート、契約社員などの直接雇用の労働者と派遣労働者とは決定的に違う。雇用形態の違いを超えた、身分の違いがある。派遣の人は自分で闘えないし、労働組合も作りづらい。保護されない。そもそも派遣労働を全面的に自由化しておいて、今更、何を言っているのか。

 本気で非正規化を何とかする、処遇格差を解消するというのなら、まず派遣労働を規制し、派遣労働者の労働条件は、派遣先企業の同じような仕事をしている正社員と均等にしなければいけないという規定を入れないと、格差など解消されない。

 上坂 非正規労働者の増加を食い止め、正社員化を促すことが必要です。

 <なつめ・いちろう> 1961年、長崎県生まれ。中央大卒。担当した主な事件は日本マクドナルド名ばかり店長事件、阪急トラベルサポート事業場外みなし労働事件、リコー・リストラ出向命令事件、セブン−イレブン・ファミリーマート店長ユニオン団交拒否事件。

 <労働基準法改正案> 働いた時間ではなく成果に応じ賃金を支払う残業代ゼロ制度の創設や、実労働ではなく「みなし労働時間」に基づき賃金を払う裁量労働制を、企画立案も手掛ける営業職などに拡大することが柱。残業代ゼロの対象者は年収1075万円以上の高度専門職としているが、将来、拡大される恐れがある。政府が昨年の通常国会に提出し、継続審議となっている。

 

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