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米大統領選 トランプ現象の虚実

コラージュ・安藤邦子

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 四年に一度の米大統領選。十一月の投票を前に、各党の候補を決める予備選が進む。注目は共和党のドナルド・トランプ氏。過激な言動が批判される一方、強い支持も集める。ブームの裏には何があるのか。

◆脱金権政治への希望 ジャーナリスト・堤未果さん

 今の米国では政治は完全にお金で買われています。もう対立軸としての共和党、民主党による二大政党制は幻想でしかない。「世界の1%」ともいわれる超富裕層から巨額の資金が、両党の有力候補に流れ込んでいるからです。大統領選は、候補者という商品をどう見せるかのショーにすぎません。

 だからお金の動きを見れば、何が起きているかが分かる。トランプ氏と対立していた共和党のテッド・クルーズ氏や、民主党のヒラリー・クリントン氏への資金の出どころは同じ。ウォール街やグローバル企業といった「1%」の側です。トランプ氏は手持ちの自己資金をメインにしており、むしろ1%からの献金を平気で受け取る他候補を激しく批判しています。

 差別的な発言を繰り返すトランプ氏があれだけ支持を集める現状は「米国の病理を表している」というもっともらしい分析がありますが、過激な言葉の数々はしょせん表面的現象にすぎません。米国の抱える真の病理は、「政治とカネ」という構造の方にあるからです。誰もがアメリカンドリームを手にする機会があったはずの国が、なぜ超富裕層だけが潤う「株式会社国家」になってしまったのか。

 一部の米国民は、自分の国が壊れつつあるということに気付き始めています。「政治家は信じられない」「お金持ちばかり得している」と肌で感じています。そうした層が、金権政治が肥大化する一九八〇年代以前の米国へのノスタルジーからトランプ氏を求めている。一見、主張は正反対ですが、やはり1%の強欲を批判し教育無償化などを掲げるバーニー・サンダース氏が若者たちの支持を集める構図と根っこは同じです。

堤未果さん

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 トランプ氏の集会で、ちり紙のように消費される過激な言葉の中に、一つだけ本質的なメッセージがあります。「強欲な『1%』からアメリカを取り戻す」という言葉です。それを多くの国民が支持するという「現象」は、病理でなく「希望」というべきでしょう。だからこそ1%側である商業メディアや御用識者たちは、トランプ氏つぶしに躍起になるのです。

 既に日本の政治にも1%の資本は網の目のように入ってきています。「強欲資本主義」という価値観をめぐるこの大統領選は、夏に選挙を控えた私たちにも多くのヒントを投げかけているのです。(聞き手・樋口薫)

 <つつみ・みか> 1971年、東京都生まれ。国連、証券会社勤務を経て現職。日米を行き来しながら執筆・講演・メディア活動を行う。最新刊は『政府は必ず嘘をつく 増補版』(角川新書)。

◆過激発言 計算のうち 国際経営コンサルタント・植山周一郎さん

 一九八八年のことですが、当時僕は世界の要人にインタビューするテレビ番組の企画と司会を担当していてトランプ氏に出会いました。会って驚いたのが背が高いこと。一九〇センチぐらいあったかな。しかもすごいイケメン。握手したら、こちらの目を真っすぐ見て、にっこり。オーラを感じました。

 インタビューでは、理路整然、分かりやすい英語で話してくれた。しかも礼儀正しく気配りをしながら。例えば、今彼が日本批判として盛んに言及する「安保ただ乗り」論を当時から言っていましたが、「日本は悪い」ではなく「日本人は頭がいい。尊敬する」と言う。皮肉なんですが、失礼な感じはしない。相手の気持ちが分かり、自分の言いたいことも言うが、オブラートに包んで配慮する。本当に超優秀なビジネスマンだった。今は全然違いますが、あんな頭のいい男がクールさを失うとは思えない。計算されたパフォーマンスでしょう。

 なぜ過激な発言を繰り返すのか。それは彼が今話し掛けているのが、米国の有権者だからです。僕は高校時代、米中西部の田舎町に一年間留学したから分かりますが、アングロサクソン系の人たちは「俺たちが米国を造った」という優越感を持っている。しかし、それを口に出してはいけないということも知っている。言えない本音をトランプ氏は言ってくれる。留飲が下がる思いなんです。

植山周一郎さん

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 メキシコ国境に壁を造ることに議会が賛成するはずがないことなんて、彼は重々承知でしょう。でも彼は「俺は公約通りやろうとした」と言える。そして移民手続きの厳格化といった次善策に向けて交渉を進めるでしょう。彼はまさに著書の題名通り、「アート・オブ・ザ・ディール(交渉術)」の天才なのです。もし大統領になったら、案外思い切ったことをやるかもしれない。北朝鮮の金正恩氏に会いに行ったりね。ただし、暗殺されてしまう可能性もあります。米国はそういう国です。

 注文するなら、彼は今、内向きに話していますが、グローバル時代のリーダーである米国の地位をちゃんと自覚してほしいと思います。彼は米国を再び偉大な国にすると公約していますが、そのためにはローカルなポリティシャン(政治屋)ではない、グローバルなステーツマン(政治家)になってもらいたい。(聞き手・大森雅弥)

 <うえやま・しゅういちろう> 1945年、静岡県生まれ。ソニー宣伝部次長などを経て、81年に独立。近著は『ビジネスで世界を相手にする人の英語』『D・トランプ−破廉恥な履歴書』(訳)。

◆宗教的な全能感顕示 米心理学者・アリ・クルグラーンスキさん

 トランプ氏の支持者は、将来がどうなるのかと不安を抱えている人が多いです。給料が上がらなかったり、仕事を奪われたりして強い不満を持っている。社会で不確実性が渦巻くときには、解決してくれる強力なリーダーを求める声が出てきます。トランプ氏はこれを利用してさらに不安をかき立て、有権者に「心配するな。私が何とかしてやる」と訴えて支持を広げてきました。

 自らを成功したビジネスマンだと誇張する戦略も、有効に働いています。米国では、偉大な実績を残したスポーツ選手らは人々の尊敬を集めます。「私は金持ちだ。私の美しい妻を見てくれ」と繰り返して、信頼につなげているのです。

 まるで巨大な力を持った神のように振る舞っており、一種の宗教のような形ですね。支持者は祈りさえすればいい。トランプ氏が解決してくれるから身を任せればいい。支持者にそう信じ込ませています。

アリ・クルグラーンスキさん

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 政策に具体性はありません。メキシコとの国境に壁を築くことなど無理でしょう。ただ、トランプ氏の支持基盤は教育、所得水準が低い人たちです。彼らは複雑なことを評価することが苦手で、シンプルさを好む傾向がある。「白か黒か」という論点で「不法移民は悪いから追い出す」と単純化して有権者に訴える。この分かりやすさも受け入れられているのですね。

 実は、民主党候補のバーニー・サンダース上院議員も似たところがあります。格差解消に向けて彼が主張する政策も実現は難しいですが、人々の希望に訴えかけます。不安定な時代には心理的に大きなアピールポイントで、有権者は十分に分析せずに同調してしまうのですね。

 ほかの要因としては、政治が機能していないことも挙げられます。オバマ政権下で、共和党は反対ばかりで政策は前に進みません。国民は、壊れた政治システムを立て直せるのは、しがらみのない外部の人間だと考えるようになり、トランプ氏への期待が高まっているのです。

 一方、トランプ氏はヒスパニック(中南米)系に侮辱的な発言を繰り返して敵が多いです。ビジネスマンとしても、多くの失敗を繰り返している。成功者としてのイメージが覆される状況となれば、逆に大きな弱点となるでしょう。民主党もそれを批判材料に活用しています。(聞き手・東條仁史=ニューヨーク支局)

 1939年、ポーランド生まれ。米メリーランド大教授。主に人間の行動の動機、グループによる意思決定、テロリストなど過激思想による暴力を研究対象としている。

 <ドナルド・トランプ氏> 1946年、ニューヨーク生まれ。住宅建設業の父親の影響で、大学在学中から不動産ビジネスを経験。70年代初めからマンハッタンで事業を展開したのを皮切りに、世界中でホテルやカジノなどの開発を手掛け、「不動産王」と呼ばれた。昨年6月に大統領選出馬を表明。当初は泡沫(ほうまつ)候補とみられていたが、イスラム教徒やメキシコ人への差別と取られかねない発言を繰り返すなどして話題を集めるとともに支持も上昇。共和党の指名獲得を確実にした。

 

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