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考える広場

「激安」の光と影

コラージュ・伊藤潤

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 かつての「価格崩壊」も、今は昔。「激安」が当たり前になった。しかし、今年に入ってスキーバス事故、廃棄カツ横流し事件と、低価格の商品・サービスの問題が発覚した。「安い」の光と影を見る。

◆小売業が必死に演出 大創産業社長・矢野博丈さん

 九回職を変えた後、仕方なしに雑貨を集めて売ったのが「100円SHOPダイソー」の始まりです。全部百円にしたのは、単に値段を付ける暇がなかったから。電器屋さんなら家電が欲しい人、文具屋さんなら文房具が欲しい人が来るでしょうが、ダイソーは百円という値段で商品を構成していますから、お客さんには目的がありません。大変でした。

 最初、お客さんは「安物買いの銭失いよねえ。こんなとこで買いなさんな」言いよったですよ。それがだんだん「なかなかいいのよ」になった。特別な方法があるわけじゃない。ベーシック(基本的なこと)を徹底してきました。それは、いい物を安く売るということです。

 きっかけは倒産しかけたことです。何とかしのいだ後、社員に言いました。「倒産以外の価値観を求めるな。目標なんて大それたことを思うな。売れればいいんだ」と。お客さんをだますことになるから原価割れの商品は売らないが、粗利計算はしない。そしたら爆発的に売れるようになったのです。

 原価九十九円のかさと十円のはしを百円で売るとすると、普通の商売人ははしを売りたがる。かさは一つ一円しかもうからんけど、はしは九十円もうかるから。でも、どっちが速く千円もうかるかといったら、かさ。すぐ千本売れるんですよ。

 生き残りに必死になったことが結果的にお客さま第一主義になっていたんですね。「安い」とは、小売業者が必死になって演出する最大のエンターテインメントだと思います。

 安倍さんはインフレに持っていこうとしていますが、あれは金融の話。今はデフレじゃない。これが普通なんです。実際は安くていい物を作り、売るしか生きる道はないんじゃから難しいと思いますよ。

矢野博丈さん

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 結局、今のようになれたのは、われわれが人さまよりうんと働いたから。今じゃったらできんですよ。だから、スキーバス事故の件には複雑な思いです。人命が絡む以上、規制が強まるのは仕方ないけど、厳しい条件の下、必死に生き残ろうとしている中小の会社に愛情を持った規制にしてほしいと思います。

 私は五年ぐらい前まで、ダイソーは倒産すると思っていました。すべては滅びる。先は読めないと。だからこそ今を一生懸命生きるしかないのです。(聞き手・大森雅弥)

 <やの・ひろたけ> 1943年、広島県生まれ。倒産と度重なる転職を経て、87年から「100円SHOPダイソー」を全国展開。業界最大手に育て上げた。売上高は昨年3月現在で3882億円。

◆見えない質こそ重要 日本経済研究所チーフエコノミスト・鍋山徹さん

 「激安」の背景には、二つの大きな流れがあります。一つは、産業構造そのものの問題によって一九九〇年代以降、賃金が上がらなくなってしまったこと。もう一つは、インターネットによる情報の「見える化」で低い価格の方に下押し圧力がかかっていることです。

 製造・流通業者はどう低価格を実現させているのか。一番の方法は安く仕入れること。大手は大量仕入れができますが、そうでないところはどうするか。例えば食品だと、消費・賞味期限内ならぎりぎりの値段に下げることが可能です。一年持つ冷凍肉なら半年たてば一、二割値段が下がる。少し古くても加工食品にすれば問題ありません。また、倒産した店舗などから商品が安く流れることもある。そんな仕入れを可能にする多様な流通経路ができています。

 大きな恐竜のような大手企業より、小動物である中小企業の方が、小回りが利いてスピードがあります。例えば、コンビニは山奥にも店があるので、それを想定して消費・賞味期限を厳格に設定しますが、小さなスーパーなら柔軟な設定ができます。大手のコンビニの流通が“液体”だとすれば、小さなスーパーは機敏で“気体”に近い。百貨店は“固体”です。こうした仕入れは、期限切れの商品を扱えば犯罪になる可能性もありますが、法律の範囲内であれば貴重な資源を有効に消費する大事な役割を担っています。

鍋山徹さん

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 多様な流通経路は昔からありましたが、九〇年代あたりから、物流の発達によって細いルートが次第に太くなってきました。インターネットでは、もっと細い“けもの道”まで情報が行き渡りつつあります。

 経済の根本に返れば、本当に大事なのは新しい商品・サービスを創造することです。最近は価格や量より、目に見えない価値や質を重視する動きが出てきました。例えば、「福山雅治に抱きしめられている。そんなコーヒーです…」というPOP(店頭広告)を付けてコーヒー豆を販売すれば、価格ではなく目に見えない価値で評価されます。

 社会に対して新しい商品・サービスを提案する人を増やすことです。マニュアルと価格や量ではなく、自ら考えて、少量でも独自の価値でリピーターをつかみ、持続可能なビジネスを生み出す。それこそが人口減少時代にふさわしいビジネスです。(聞き手・大森雅弥)

 <なべやま・とおる> 1959年、福岡県生まれ。早稲田大卒。米スタンフォード大国際政策研究所客員研究員、日本政策投資銀行産業調査部長、同チーフエコノミストを経て、2013年から現職。

◆消費者の負担も必要 評論家・呉智英さん

 消費者は、安いものを求めるに決まっている。売る方は、その中でどう利潤をつくっていくかという構造になっている。これがうまくいっていれば、需要と供給のバランスが取れて資本主義が働く。けれども、バランスがどこかで悪い方に転ぶこともあるということを考えておかないといけない。

 安いものを消費者が求めることによって、問題が出る。まず、国内で良心的な農業をやっている人たちにとって、それに見合った収入がなくなってしまう。海外で農産物を安く買って日本で安く売ると、現地の生産者への無駄な負担がかかってくる。その国の経済を疲弊させてしまう。そうさせないためにフェアトレード(公正な価格での取引)が広がっているけどね。原発問題にも絡んでくる。消費者が安い電力なら良いと、全体の経済構造が分からないまま、原発は進んじゃった。

呉智英さん

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 さらに言えば、河村たかし名古屋市長が市議と市長の給料を半分の八百万円に下げた件にもつながる。議員報酬は安くなれば何となく良いとみんな思うんだけど、どんどん下げていけばいいのかということが当然出てくる。とにかく安ければいいっていうけれど、実はもっと大きなしわ寄せが来るに決まっているわけですから。

 「安かろう、悪かろう」に、消費者はだまされてしまう。作る方も「安かろう、悪かろう」の方が、短期的にはもうかる。人間はなかなか長期的には考えられない。バスやカツの事件が起きた歴史や社会的背景は、どっかでつながっているのに気づいてほしい。

 消費者の要望や主張が、最終的に消費者自身を裏切っていないか。原発問題で悪いのは電力会社や政府のエネルギー政策だろうけど、望んでいたのは消費者だったのではないか。元首相の小泉純一郎さんは「脱原発は首相が決断すればできる」と言った。その通り。私も脱原発派ですが、原発やめれば五年、十年は大混乱。首相が「国民よ辛抱しろ」と言えるかどうか。自動車の排ガス問題でも、四日市公害でも、対策は五年後、十年後にできたわけです。

 身銭を切らなきゃいけない。自分たちも何か負担しなければいけないことがある。消費者の欲望、主張が常に正しいとは限らないと私は思う。「しかるべき見識を持ってください」と言いたいですね。(聞き手・小野木昌弘)

 <くれ・ともふさ> 1946年、愛知県生まれ。早稲田大卒。評論の対象は社会、文化、マンガなど幅広い。『現代マンガの全体像』『現代人の論語』『つぎはぎ仏教入門』など著書多数。

 <低価格商品・サービスの不祥事や事故> 今年1月13日、カレーチェーン大手「CoCo壱番屋」を運営する壱番屋から廃棄処分を依頼された冷凍ビーフカツが横流しされ、愛知県内のスーパーなどで販売されていたことが発覚した。あるスーパーは5枚入り1袋を398円という激安価格で売っていた。また、同月15日未明には、長野県軽井沢町の国道18号で、スキーバスが道路右側の斜面に転落し、乗客の大学生ら15人が死亡した。このバスは「激安&格安」をうたい文句にしていた。

 

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