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ヒデキ!カンレキ!! 西城秀樹 感謝の歴史

(20)ヤングマン 競技場で精いっぱい歌う 

イラスト・赤塚千賀子

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 本当に惜しかった! サッカーJリーグの川崎フロンターレのことです。先日最終節を迎えた第一ステージで、クラブ創設二十年にしてJ1での初優勝を逃してしまいました。

 僕はずっと川崎フロンターレのファン。この原稿が載る十三日、等々力陸上競技場(川崎市)のアルビレックス新潟戦で「ヤングマン(YMCA)」を歌います。川崎に住んでいたため声がかかり、年に一度、「川崎市制記念試合」と銘打ったホームゲームのハーフタイムで歌わせてもらっています。

 記憶に残るのは、二〇一一年十二月に二度目の脳梗塞を発症した後、競技場で初めてヤングマンを披露した一二年六月三十日です。言葉と右側の手足のリハビリの途中でした。オープンカーで場内を一周しながら、速いテンポのこの曲をなんとか歌い終えると、観客席から大声援をいただき、とても感激しました。

 最大のヒット曲のヤングマンには思い入れもひとしお。一九七九年二月に発売し、日本歌謡大賞など各音楽賞をとりました。多くの人に親しんでもらいましたが、歌わない時期もあったんです。

 新曲を出した後でも、リクエストはすべてヤングマン。三十代となり、ディナーショーをこなす大人の歌手を目指していた僕にとって、芸能活動の制約になってしまったのです。こだわりがなくなったのは四十代になったころ。青春賛歌を精いっぱい歌う大人こそ、かっこいいと思うようになりました。

 僕が歌う試合では、選手とサポーターとも熱くなるのか、勝つことが多いんです。「僕のヤングマンでフロンターレを初優勝に導くんだ」と気合を入れて歌ってきます。(歌手)

 

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