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ヒデキ!カンレキ!! 西城秀樹 感謝の歴史

(19)寺内貫太郎一家 共演者の間に家族の絆

イラスト・赤塚千賀子

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 一九七四年に大ヒットしたドラマ「寺内貫太郎一家」の仲間たちは、僕の第二の家族といえる存在です。おやじの貫太郎を演じたのは作曲家の小林亜星さんで、当時四十一歳。母親役の加藤治子さんは五十一歳でした。おばあちゃん役の樹木希林さんに至っては三十一歳! 老け役は、いろいろ苦労もあったようです。

 このドラマの面白さは、主人公の貫太郎と、僕が演じる長男周平との親子げんか。体重一〇〇キロ超の亜星さんと、長身の僕が毎回演じるけんかはヘビー級の迫力で、お手伝いさん役の浅田美代子さんが吹っ飛ばされるぐらいは序の口でした。

 収録中に亜星さんに投げ飛ばされ、腕を骨折したこともあるんです。救急車で病院に運ばれ、共演者が「ヒデキ、がんばってね」と、見舞ってくれました。収録のたびに食卓を囲んでいたので、家族の絆ができていたのだと思います。

 亜星さんには、ファンから抗議が殺到し、すっかり落ち込んでいましたが、悪いのは僕。演出から「もっと本気で投げて!」と怒られてばかりの亜星さんを助けようと思った僕は、いつもより勢いよく飛び込んだ。亜星さんがそれに反応して投げ飛ばしたんです。

 亜星さんが演じたカミナリおやじは、広島の「大魔神」こと、僕のおやじに通じるところがあったと思います。今の時代、厳しいおやじのしつけは、虐待と言われてしまうかもしれません。でも、親になった今、叱られた理由がよく分かる気がします。

 撮影していたときの僕はとても忙しく、睡眠時間は二、三時間。それでも、仕事と仕事の間にせりふを覚えて撮影に臨んでいました。ファンがマンションに押し寄せて、引っ越したのもこのころ。今では良い思い出です。(歌手)

 

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