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ヒデキ!カンレキ!! 西城秀樹 感謝の歴史

(17)球場コンサート 空中芸に父カンカン

イラスト・赤塚千賀子

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 初めて見るペンライトの明かりは、ホタルのように輝いていました。一九七四年夏の大阪球場。十九歳から十年間にわたって開いた球場コンサートは、青春の思い出の一つです。

 日本のソロ歌手として初の球場コンサートを計画すると、「ばかげている」「どうせ失敗さ」と意地悪な声が聞こえたものです。「日本中が驚くようなステージをつくろう」。スタッフとともに情熱を燃やして計画を練り上げました。

 ステージの中心は二塁ベース辺り。観客席まで遠いのでファンに近づく手段はないかと知恵を絞ったのが「ゴンドラステージ」。大型クレーンで地上四十メートルの高さにゴンドラをつり下げ、観客席の上に舞い降りる。おおらかな時代だから実現したアイデアです。

 ペンライトもこの大阪球場で誕生しました。海外のコンサートでは、ファンがライターの火をともす姿があったのですが、当時の僕のファンは若い女性たち。火を扱うのは危ないと思い、ラジオで「懐中電灯を持ってきて」と呼び掛けたのです。

 「ヒデキ!」のかけ声が夜空にこだまするなか、僕は短パンに裸でステージ狭しと暴れ回りました。ゴンドラに乗り、一塁側スタンドの上で熱唱。観客が熱狂したのを見て、思わず安全ベルトをはずし、ゴンドラから空中に身を乗り出しました。ファンたちはものすごい盛り上がりです。

 その姿を快く思っていなかった人が一人。「うちの息子を殺す気か!」。終演後、おやじがスタッフに詰め寄りました。「ファンも喜んでくれたし…」と弁解すると、「命が大事じゃ!」と一時間ほど説教。土下座して許してもらいましたが、子どもを持った今、当時のおやじの気持ちが分かる気がします。(歌手)

 

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