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岐阜市長選特集

<県都の明日は> (4)造成進む工業団地

柳津工業団地に立地するトムスの社屋=岐阜市柳津町上佐波西で

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 ブロロロ…。田んぼの中を、大型トラックがせわしなく行き交っている。物流の大動脈、名神高速道路の岐阜羽島インターチェンジ(IC)に近い岐阜市柳津地区(旧柳津町)の岐阜流通センター。田畑と住宅に囲まれた約三十二万平方メートルに卸、貨物、倉庫などの五十六社がひしめく流通の拠点だ。日に約二千人が働き、年に約二千億円もの富を産む。

 「柳津は順調。十二年前の結婚は成功だった」。この地に社屋を置く情報通信業インフォファームの辻正会長(89)は目を細めて振り返る。

 二〇〇五年、旧柳津町は岐阜市と合併。流通センターと工業団地「柳津地区ものづくり産業集積地」が隣り合う旧柳津町は、法人税収が伸び悩む市の数少ない産業振興の“筋肉”となっている。

 辻会長は「問屋の街だった岐阜には商人魂がある。製造業が強い各務原市や大垣市と手を握れば南の玄関口として県を引っ張る経済力が生まれる」と明るい展望を描く。

 バブル崩壊後の長い不況。岐阜市が受けたダメージは、県内でもひときわ長く、今でも尾を引いている。一九九五年から二十年間の工業統計調査では、事業所数は県全体でも岐阜市でも、減少し続けている。一方、製造品出荷額は県全体でほぼ横ばいだったのに対し、岐阜市では三割以上も減っている。

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 公害が社会問題化していた六〇年代半ば、企業誘致の条例を廃止し、工業振興には消極的だったとされる岐阜市。市内の事業所数に占める第三次産業の比率は八割を超え、多くは中小企業だ。近年、近隣の自治体で工場の大規模化、集約化が進む一方で、岐阜市は企業誘致合戦に取り残されていたといえる。

 市は〇七年、「ものづくり産業集積地計画」を作成。柳津を手始めに、郊外の三地区に工業団地を整備する方針を打ち出した。一二年三月に造成を終えた柳津地区の産業集積地は約三万平方メートルに山口県、東京都から二社が進出した。

 一六年三月に操業を始めた衣料品プリント加工業トムス(東京)の岐阜本社オペレーションセンターは、Tシャツなどの印刷加工工場と物流拠点を兼ね、商品を全国に発送している。車で岐阜羽島ICまで二十分、JR岐阜羽島駅まで十五分。アクセスの良さが売りだ。

 田中俊弘センター長(40)は「本州であれば商品が翌日に届く。日本の真ん中で、配送の利便性がある」と話す。

 恵まれた立地をどう生かし、産業振興につなげるか。市が次に期待をかけるのが、一九年度と見込まれている東海環状自動車道の岐阜三輪スマートインターチェンジ(仮称、SIC)の開通だ。

 市北部の三輪地区では、SICから約七百メートルの距離に工業団地六万平方メートルを造成しようと、基本設計を進めている。分譲開始はIC開通と同時期を目指す。工場に加え、物流施設や研究開発施設も誘致対象とし、息の長い税収確保を狙う。

 市企業誘致課の河本哲治課長は「工業団地の造成は止血にすぎないのかもしれない。だからといって、放置しておいては右肩下がりが続くだけだ」。産業立市の糸口にと期待している。

◆衰退目立つ市内製造業

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 経済産業省の工業統計調査によると、岐阜市の製造品出荷額は、1995年の3999億円から、2014年には2600億円と、20年間で約34%の大幅減。一方、県全体では、5兆1609億円から5兆1011億円とマイナス幅は約1.2%にとどまっている。

 <ものづくり産業等集積地計画> 岐阜市が2007年に作成、15年に改定した。柳津、三輪、黒野の3地区で工業団地を計20万平方メートル以上を整備する目標。柳津地区は12年に造成を終え、14年に完売。三輪地区は20年度中の分譲開始を目指している。

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