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ゴッホとゴーギャン展

思いを映す二つの顔 「自画像」と「ジョゼフ・ルーランの肖像」

(左)ポール・ゴーギャン「自画像」(1885年、コペンハーゲン)油彩・カンヴァス65・2×54・3センチ キンベル美術館(c)Kimbell Art Museum、Fort Worth Texas (右)フィンセント・ファン・ゴッホ「ジョゼフ・ルーランの肖像」(1889年2月から3月、アルル)油彩・カンヴァス65×53・9センチ クレラー=ミュラー美術館(c)Kroller−Muller Museum Otterlo ゴーギャン「自画像」とともに、名古屋・栄の愛知県美術館で、3月20日まで展示されている。(問)ハローダイヤル=電050・5542・8600

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 「うわ、すごい人」。名古屋・栄の愛知県美術館で、高校三年の明日葉もえさん(18)がつぶやきます。大学の入試を前に、息抜きで「ゴッホとゴーギャン展」に来たのでした。盛況の会場を巡るうち、一つの絵が気になりました。どこかユーモラスな表情のひげもじゃのおじさんと、背景に色とりどりの花が。「これもゴッホの絵? もっと暗い絵を描く人じゃないの?」

 そのつぶやきを、近くにいた学芸員さんが聞きました。「いいところに気がつきましたね。ゴッホは孤独な生涯を送り、精神に異常を来して自分の耳を切り、最後はピストル自殺する、そんな悲惨な面ばかりが強調されますが、実は多くの友人がいて、愛されていました。その一人が、この絵のモデルのジョゼフ・ルーランなんですよ」

 「ふーん。この人も怪しいけれど、画家やその友だちはみんな変なの? もしかしたら、お姉さんも変人?」

 女子高生の攻撃に少し顔をしかめる学芸員さんですが、そこは美術のプロ。気を取り直して説明を続けます。

 「南仏のアルルに来て、人物画を描きたかったゴッホは郵便の仕事をしていたルーランと友だちになり、彼や妻、子どもの絵をたくさん描きました。ルーランは、ゴッホが耳切り事件を起こして入院した時も面倒を見た一人で、ゴッホはきっと感謝していたと思います。その友情の気持ちが、この作品に表れているのかもしれませんね」

 「うーん、美術の授業で聞いた話とは違うなあ」

 「そう、世の中には教科書に載っていない新発見や、正しいとされていたことを覆すような研究が次々に登場します。私たちの美術館は、二〇〇五年にゴッホ展を開きました。その時は『孤高の画家』とされがちなゴッホが同時代の画家とどんな交流を持ち、どんな影響を受けたか、そんな新しい一面に作品を通じて迫ろうとしたんです」

 何だかちょっと難しいな。考え込んでしまうもえさんに学芸員さんは「次はこちらの絵も見てもらいましょう」と誘います。歩きながら「あなたは高校生よね。もしかしたら今年は受験かな?」と気さくな学芸員さん。もえさんは「はい」と素直に答えます。やがて二人は、男の肖像画の前にやって来ました。

 「これこそゴッホでしょ? ハンサムなおじさんだけれど、暗いね」ともえさん。

 「これはゴーギャンの自画像なんですよ。もともとゴーギャンはパリで株式の仲買人をしていましたが、株の大暴落で職を離れ、パリも去ります。まずフランス北部の街ルーアンで暮らし、それから奥さんの両親を頼ってデンマークのコペンハーゲンに行きました。この絵は、そのころに描かれたものです」

 「奥さんの両親を頼って? それはちょっと頼りない感じがするよね」ともえさん。

 「そうなの。奥さんはフランス語教師になりますが、ゴーギャンの仕事はうまくいかない。プライドを傷つけられて、もんもんとしていた時期の肖像です」

 もえさんはふと思います。自分も先生や同級生とうまくいかず、もんもんとしたころがあったなあ。大学に行ったら、いい先生や仲間に出会えるかなあ、と。そんなもえさんを見ながら「そうは言っても私は、この作品に悲劇的な印象は持ちません」と学芸員さん。「顔の半分に光を当てて描き、視線はその光の方向を遠くまで見つめています。『自分は画家として生きていくんだ』という確かな意思や希望を感じませんか」

 「そういえば…そうかも」ともえさん。「影があれば、光がある。人にはいろんなことがあるよね。ゴッホもゴーギャンも生きているうちはあまり評価されず、死んでからこんなに評価が高まるなんて知らなかったんですよね。今日は絵で人生勉強をした気分です。受験勉強よりずっと楽しいかも、です」

 「それはうれしいな。この展覧会は二人の友情をテーマにした中身の濃いもので、これだけの企画は日本ではもうできないかもしれません。受験が済んだらまた来てね。大学でもいい友だちをつくってね」と学芸員さん。

 「二月十五日が試験なのでその後にまた来ます!」と約束したもえさんですが、実は一つ勘違いをしています。試験日はその前日なのです。さて、もえさんはちゃんと大学生になれるかな?

 (構成・三品信)

 

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