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ゴッホとゴーギャン展

<名画を解く>(4) タヒチの3人=スコットランド国立美術館

「ゴーギャンは人間の内面を表したかった」と話すフランシス・フォール博士=スコットランド・エディンバラで(藤沢有哉撮影)

写真

◆人間の内面 見つめる

 伝統儀礼が重んじられ、時代遅れとも言える場所。ゴーギャンはそんな地での生活を望みました。ゴッホとの共同生活の後、フランスからタヒチへ渡ったのも、近代的な社会から逃れたかったからです。

 タヒチでのゴーギャンは、とてもリラックスしていました。寝室とアトリエしかない家をヤシの木などで建て、魚を捕りに行くことも。昼はラフな格好で過ごしていましたが、夜になると西洋風の麻の服に着替え、馬車に乗ってさっそうと出かけていったそうです。描いた絵はパリへ送って売っていました。

 「タヒチの3人」を描いたのは、ゴッホが亡くなって九年後。地元の住民を描きつつも、表現したのはキリスト教の世界です。果物を手にした女性が男性を誘惑し、指輪をしたもう一人の女性は美徳の道へと引き戻そうとしている。テーマはもちろん、旧約聖書の「イブのリンゴ」。絵に描かれた男性が、誘惑する女性の方を見ているのが気になりますが…。

 西欧では十八世紀後半から、産業革命が相次ぎました。ゴーギャンが暮らした当時は消費社会が進展し、人口が集中した都市部では病気も流行した。幼いころは南米ペルーで育ち、証券会社に勤めたこともある彼は、商業主義化した近代的な生活に幸せを感じられなかった。反対に、原始的な暮らしや科学では説明できない精神世界に興味が向いていきました。

 ゴーギャンは、想像力を働かせて人間の内面を表現しようとしました。その姿勢はピカソら次世代に影響を与えたし、絵画の歴史にとって写実的な創作からの転換を促しました。

 (フランシス・フォール博士)

 =終わり

 <タヒチの3人> 1899年の油彩画。南太平洋のタヒチ島は80年にフランスの植民地に。ゴーギャンは91年6月から2年間、95年9月からは6年間滞在した。この作品は、原色を使うことで力強い雰囲気を醸し出しつつ、軽やかな筆遣いで描かれている。

 

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