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ゴッホとゴーギャン展

ゴッホとゴーギャンは友達である 森村泰昌

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◆「生きづらさ」で共感

 ゴッホとゴーギャンの絵を同時に見る展覧会。おもしろい企画だと思った。

 南仏のアルルに芸術家村を作ろうと、一度は共同生活を試みたふたりの画家。しかし彼らの理想郷は実現しなかった。ゴッホが自分の耳の一部を切るという事件をひき起こし、その幕は引かれることとなった。以降、ふたりが会うことは二度となかった。

 そんなゴッホとゴーギャンが、彼らの残した絵を通して、上野の東京都美術館で百二十八年ぶりに再会するという。

フィンセント・ファン・ゴッホ <カミーユ・ルーランの肖像> 1888年油彩、カンヴァス ファン・ゴッホ美術館(フィンセント・ファン・ゴッホ財団)(c)VanGoghMuseum,Amsterdam(VincentvanGoghFoundation)

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 改めてふたりの絵を見比べる。まず目にとまったのは、ゴッホの「テカリ」とゴーギャンの「マット(光沢のない状態)」であった。ゴッホの絵の表面は、そのほとんどがテカっている。ところがゴーギャンのほうは逆にマット調で、まるで日本画のようだ。絵の具の使い方が、両者ではこんなにも違っている。

 あるいはまた、今回ゴッホの絵を見て感じたのは、「なんと寂しい世界なのだろう」ということだった。例えば初期作品、<古い教会の塔、ニューネン 「農民の墓地」>。教会、黒い鳥、空、野原と、ゴッホが生涯にわたって描こうとしたモチーフの多くが、この絵の中にすでに登場している。そしてそれらのモチーフのいずれもが、言い知れぬ寂しさに満ちている。この寂しい風景に、ゴッホは自分自身の孤独な心を映し出そうとしているのかもしれない。

 次に、ゴーギャンの絵に目を向けてみる。驚かされたのは、この画家の描く「赤」だった。どの絵にも赤い色が使われていて、他の色を圧する強さで、見る者に迫ってくる。

 典型的な例は<アリスカンの並木路、アルル>=東京展のみ=の地面である。秋の落ち葉で、まるで血の海のよう。<ブドウの収穫、人間の悲惨>もすさまじい。画面の上方およそ三分の二は、積み上げられたブドウの果実によって真っ赤になっている。

 タヒチに移住してからも、この傾向は続く。<タヒチの三人>の衣服や、<タヒチの女>の床の赤を目にすると、ゴーギャンはより強い「赤」を求めて、タヒチに向かったのではないかとさえ思われてくる。

ポール・ゴーギャン <タヒチの3人> 1899年、タヒチ油彩、カンヴァス スコットランド国立美術館(c)ScottishNationalGallery

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 意外かもしれないが、ゴッホは「炎の人」などと言われるのに、こんな鮮やかな「赤」は、さほど使っていない。むしろ<カミーユ・ルーランの肖像>のような、緑と黄色が混じった寂しい色合いのほうが、私にはゴッホらしい色使いに思える。

 やっぱりゴッホとゴーギャンは、意見があわなかったのかなあと、こうして絵を見比べてみて感じたのだが、それでもふたりには何か共感しあうものがあったのだろう。そうでなければ、あのアルルでの共同生活などという発想は生まれなかったはずだ。いったいなにが、ふたりをアルルに向かわせたのか。

 それは「生きづらさ」ではなかったかと思う。ゴッホは、炭坑や農村で過酷な労働を強いられる人々の不幸を目の当たりにしていた。ゴーギャンは画家になる以前の多彩な人生経験によって、世の中の矛盾や欺瞞(ぎまん)を知悉(ちしつ)していた。刹那主義的な生活に興じる都会人や、明るく華やかな印象派スタイルの絵がぴったりくる十九世紀末のパリでは、このふたりは居心地が悪く、どうも生きづらかったのだ。

 正反対の性格なのに、じつは似た者同士。この展覧会を通じて、ふたりはきっと仲直りしてくれるにちがいない。(もりむら・やすまさ=美術家)

 *「ゴッホとゴーギャン展」は来年1月3日から3月20日まで名古屋市東区の愛知県美術館で開催。有料(中学生以下は無料)。12月18日までは東京・上野の東京都美術館で開催中。

 

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