トップ > ゴッホとゴーギャン展 > 記事一覧 > 記事

ここから本文

ゴッホとゴーギャン展

ひまわりと青空(1) 南仏の色 夢描いた

初夏のアルルの街並みは、オレンジの屋根と青空のコントラストが美しい

写真

 「僕はここで日本にいるのだ」。一八八八年九月。南仏アルルで、ゴッホ(一八五三〜九〇年)は手紙にそう記した。

 ゴーギャン(一八四八〜一九〇三年)と約二カ月を過ごし、ゴッホがその芸術を確立したとされるこの地を、初夏に訪ねた。地中海沿岸のからっと澄み切った空気、抜けるような青空、じりじりと肌を焼く陽光。湿度の高い日本の気候とは程遠いが、ゴッホにとって、アルルとは、日本を重ね合わせられる一つの理想郷だった。

 「パリ時代のこの二つの自画像、どちらが先に描かれたか分かりますか」。二年前、アルルにオープンしたばかりのゴッホ財団美術館。ガイドのローラ・ゴンザレスさんが尋ねる。

 違いは一目瞭然だ。黒く塗り込められた一枚は、故郷オランダで画家を志した当初の暗い画風をとどめている。もう一枚には、ゴッホの代名詞とも言える豊かな色彩の萌芽(ほうが)が兆している。「ゴッホはパリで印象派の作品と日本の浮世絵に出会い、鮮やかな色彩に感銘を受けました。日本を光に満ちた国と思い、そのイメージを南仏に求めやって来たのです」

 アルルを歩けば、ゴッホが夢中になったであろう色彩がいくつも見つかる。青い空とオレンジの屋根。ひまわりの黄色とラベンダーの紫。この強烈な「対照色」の組み合わせを作品に好んで用いた。中でも取りつかれたように塗り重ねたのが、代表作「ひまわり」にもみられる黄色だった。

ゴッホの肖像画の違いを説明するローラ・ゴンザレスさん=アルルのゴッホ財団美術館で

写真

 この街で、ゴッホにはもう一つ夢があった。貧しさに苦しむ画家たちを集め、相互扶助のための組合をつくる。その拠点として借りた「黄色い家」へ真っ先に招いたのが、新興画家のリーダー的存在であり、敬愛するゴーギャンだった。

 しかし、ゴッホの性格は絶望的なほど共同生活に向いていなかった。パリではアルコールにおぼれ、生涯を通じて画商の弟テオに金銭面で依存した。生活に関しては完全に無能力者といえる。悲劇が起こるのは必然だった。(樋口薫、写真も)

 「ゴッホとゴーギャン展」は来年一月三日から三月二十日まで名古屋市東区の愛知県美術館で開催。前売り券は一般千三百円、高大生千円(当日券は各二百円増し)。中学生以下は無料。連載では二人の巨匠が共同生活を送ったアルルから、ゴッホの終焉(しゅうえん)の地までを全五回でたどる。

 

この記事を印刷する

新聞購読のご案内

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山

Search | 検索